もしも翼が生えたなら  [現代ドラマ][ファンタジー][幻想]

 昔から、ふわっとしたことをさらっと言うヤツだったから、いまさら流奈ルナが妙なことを口走っても驚いたりはしない。こう教室の中だと、クラスメートの視線が気になるけど。

「ねえ、もしも翼が生えたなら、人間ってどうなっちゃうのかな」

 そんなこと俺に訊いてこられてもな。何というか、困る。そして流奈は、困った俺の表情を察して話題を変えてくれるような女の子ではないんだ。十年以上の付き合いでもう分かってる。

「人の背中に翼が生えたら、それはもう天使だよね? 健斗ケントもそう思わない?」

「思わないというかそもそも羽が生える想像すらしねーよ。それより次、数学の宿題やった?」

「あたし翼生やしたいんだよねマジで。何食べれば生えるんだろ。あたし宿題サボらない主義」

「贅肉増やす気軽さで羽を生やすな。『プリティエンジェル』コスプレしとけ。ノート見せて」

「健斗って夢がなーい。お姉さん悲しい。『プリティエンジェル』馬鹿にするのも許さなーい」

「誰がお姉さんだ、おまえいつ受験くぐり抜けて高校生になった。ともかくノート見せてくれ」

「嫌だべー。健斗がライダーになる夢を思い出すまでノートはお預けだべー」

 そんな話をした日の夜、流奈はふわっと電話をかけてきて、さらっと無茶なことを言った。

「ねえ、お願い今すぐ家に来て」ってオイ。もう十時過ぎてるし。

 それでも俺は、同じ町内の流奈の家に向かった。どうしよう、こんな夜中にチャイムか? 困っておーいおーいと二階の流奈の部屋へ呼びかけると、おばさんが玄関から出てきて中に入れてくれた。おばさん、顔色悪いけど大丈夫だろうか。

「おい来てやったぞ」と呼びかけてから部屋に踏み込む。パジャマ姿の流奈は、部屋の天井にぶら下がっていた。違った。浮かんでいた。背中から、真っ白い綺麗な翼が生えていた。

「助けて健斗」と流奈は泣きそうだ。「降りられないの。このまま空まで浮いていきそう」

「なんだそれ。おばさん手製のコスプレ衣装……じゃないの?」

「違うの、ほら背中」天井に手をついて、流奈は背中をこちらに向けた。「背中から翼が生えちゃったの。お気に入りのパジャマが破れて台無しよ。あたし天使だったのかな?」

 知らねーよそんなこと。どうも自分ではどうにも出来ず、もし天井がなかったら、天まで昇っていきそうだという。え、それは、何というか、困る。

「プリティエンジェルにはなりたかったけど、このまま天国まで行きたくないよ」

 泣きべそをかく流奈をなだめるのに、徹夜してしまった。朝学校へ行く時間、おばさんが、背中に翼を通せるよう改造した制服を持ってきた。夜なべしてこれやってたのか。いやそれより、登校させる気なんだ。着替えた流奈をロープで俺の身体と繋いでたぐり寄せると、流奈は俺の首に抱きついてきた。浮く力で首が絞まるが、そこは耐える。首、鍛えなきゃな。

「健斗ありがとう。大好き。一緒に学校いこう?」

「ここまでやって嫌われたらたまんねーよ」俺は浮かぶ流奈を抱きつかせたまま、自分の着替えと荷物を取りに我が家に向かった。俺まで浮きそうになって歩きにくいし、道行く人からジロジロ見られるが、悪い気はしない。俺の天使は可愛いからな。このまま手放さないぞ。




  ―了―

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