あの子が天使になったから  [現代ドラマ]

 四歳にしてはませたことに、息子が「ルナちゃんと遊びたい!」とわがままを言う。ちょっと歩いた先にある大きな公園で、その子と一緒に遊んだことが忘れられないんだそうだ。

「ルナちゃんがプリティなの」という息子のセリフにはドキっとさせられた。こいつ、いつの間にそんな言い回しを覚えたんだろう。末恐ろしい。妻が買い物に出てしまっているので、だらだらした休日を満喫したくはあるが、俺が息子に付き添って公園へ行くことにした。

「ルナちゃんいた」と息子が指さしたのは、公園で一番目立つ、笑顔がまぶしい女の子だった。

 息子とは同年くらいか。虹のようなひらひらしたワンピースに、驚くほど大きくゴテゴテ飾られたブローチを付け、背中には小さいながら天使の羽を生やしている。これも飾り付きの棒を振り回してくるりと回転したり、女の子にしては勇ましいポーズを取って一人遊んでいた。

 えーっと。あれは……コスプレ? 手作りっぽいな。

 女の子向けアニメで『プリティなんとか』ってあった気がするな。そのコスプレか。「ルナちゃんがプリティ」の意味が分かって安心した。息子がませガキだったわけじゃないんだ。

 ルナちゃんと息子は、ごっこ遊びのようなことをし始めた。俺はそれを、ベンチに腰掛けて遠目で見守る。二人のごっこ遊びは、噛み合っているような、いないような。ルナちゃんは『プリティなんとか』の魔法少女。息子は特撮変身ヒーローだ。交互に変身と必殺技を繰り返している。やられ役はどこへ行ったんだ?

 残念ながら、ルナちゃんの方がタイムリミットらしく、息子がまだ元気をもてあましているうちに、彼女はバイバイと手を振って帰ってしまった。

「ルナちゃんに羽が増えたよ!」と息子が興奮気味に報告に来る。すっかりあの子の魔法にやられているらしいな。増えたじゃなくて生えただ、と口走りかけたが、あながち間違ってはいないか。手作り衣装がバージョンアップして、今日ついに天使の羽が完成したのだろう。

 息子には、大掛かりな玩具を与えたことはなかった。何の装備もなくこれから先もプリティ・ルナちゃんと戦わせるのは、親として不憫だな。ここはひとつ、奮発してやるとするか。

 急いで家に帰り、今度は車でお出かけだ。ホームセンターの玩具店で、興奮した息子をなだめながら品物を探す。変身ベルトの箱を手にした息子は、顔を真っ赤にして飛び跳ねた。

 だがレジへ向かう途中、息子のテンションが急に下がってしまった。尋ねると、「僕だけ買ってもらってもいいの?」だと。うちは一人っ子なのだが、誰に遠慮を――そうか、ルナちゃんか。あの衣装は手作りだった。それを息子も知っていて、遠慮したものらしい。

 気にするなと言ってしまえば楽だったが、ルナちゃんの衣装を思い出して言い淀んだ。

 買ったもので済ませては、あの子とはまだ、釣り合えないんじゃないか。

 予定を変更して、ホームセンターのあちこちを回って買い物をした。材料各種に道具いろいろ。妻にも裁縫を頑張ってもらわないとな。コスプレ初挑戦だ。帰ったら、ヒーローの装備をイチから作るぞと告げると、息子は「スゴい! ハカセみたい!」と大はしゃぎし始めた。

 このハカセが、おまえを可愛い魔法少女と渡り合えるスーパーヒーローにしてやるぞ。




  ―了―

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