ファミリー・ヒストリー  [現代ドラマ]

 俺がお袋を長く嫌っていたのは、理性的なことが何一つ出来ない、感情と感覚だけの人だと思ってたからだよ。情に篤い? それは、ちょっと良く言い過ぎかな。

 俺は伯父も嫌いだったんだ。結婚もせず半病人になるまで老いちまった人でね。生活能力なんてなくて、停年までのわずかな蓄えを潰していくだけの第二の人生を送ってた。晩年はもう蓄えも尽きて、よく我が家にたかりに来てた。

 お袋はバカみたいに、毎度毎度の見え透いた言い訳を聞いて、いくらかの金をくれてやってたよ。俺はその頃まだ大学生で、うち自体裕福じゃなかったから、学費の半分は俺がアルバイトで稼いでいたわけで。そう、あの頃よく金がないって愚痴ってたろ? あんな伯父に金を恵んでやるくらいなら、俺に寄越せってケンカにもなったよ。

 大学を卒業した直後、その伯父が倒れてね。うちの家族も病院へ見舞いに行った。伯父は痩せちゃって、もうダメだってすぐ分かった。これでせいせいする、って素直に思ったな。

 眠ってた伯父の、骨ばっかりになった手を、親父が撫でてやった。別にそんなところが悪いんじゃないのに、何をやってるんだろうって不思議だった。伯父は心臓で倒れたんだから。

 すると伯父が目を覚まして、『おお、おお』って声を上げながらお袋と親父に手を伸ばすんだ。手を握りたいらしくってね。親父たちは片方ずつの手を握ってやった。

 伯父はかすれて聞き取りにくい声で、親父とお袋に言ったんだ。

『ありがとう、おまえたちだけだった、おまえたちだけだったんだ……』

 それから、二人の手を、寝ている自分の胸元まで持っていって、二人分の手をまとめて、自分の掌で包むように握った。それはまるで、拝んでるみたいだった。

 伯父は後はもう、『ありがとう』しか言わなかった。俺には信じられない光景だった。恥知らずの伯父が涙を流してこれまでを感謝するなんて、思いもしなかったからさ。

 そのうち、疲れたのか眠ってしまった伯父は、そのまま逝った。

 それからなんだよ、俺が考え方を変えたのは。自分も、死に行く人に感謝の言葉を遺してもらえるような人間になりたいって思った。親父とお袋のようにって。君が知らないのは無理もなかったさ。大学卒業から去年の再会まで、五年以上会ってなかったんだからね。

 それからまた自然と気持ちは変わってて、今はもう、とにかく人の助けになれればと思うだけだよ。感謝なんてどうでもいいかな。そんなのは結果でしかない、って気がしてる。

 お袋の言った人の情けってのが、これなのかどうか、まだ分かってないけどね。

 それで、どうしてこんな話を君にしたかというと……うん、確かに他人には言いづらい話ではあったよ。でも君が、俺が昔と変わった、丸くなったって、理由を聞きたがったからさ。

 それでさ。俺も、人に感謝したいな、と思ってね。……うん。それでね。感謝するためには、感謝するだけのことを俺にしてくれる人が必要で。そのきっかけというか、なんというか、さ。

 つまり、……再会から一年たったわけで、今のお互いのことも分かり合えたわけで。

 ……どうだろう、俺と結婚してくれないか?




 ―了―

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