変わるとき
帰ってきた杏花さんに鞄の場所をきいたら、私の部屋のクローゼットに入れているという。
なるほど、そんなところに置いていたんだ。
「何か使うものあった?」
「部活のジャージが入ったままなのを思い出したの」
気づかず片づけたことを気にする杏花さんに「気にしないで」と言いおいて部屋に戻りクローゼットを開けると、確かに鞄が置いてあった。そしてハンガーにかかった制服。
鞄を取り出し中からジャージを引っぱり出しながら思う。
たったこれだけが私の持ち物なんだ。
言いようのない寂寥感が押し寄せてくる。
ここに来てから丸二日間、退屈はした時間はあったけど寂しい思いはしなかった。みんながいてくれたから。だけど自分の荷物がたったこれだけなのを見ると、なんとも言えない不安が生まれてくる。
これからどうなるんだろう。
胸の奥で寂しい気持ちが膨らみそうになったとき、真由美と加奈が帰ってきた声が聞こえてきた。
ぺしっと両手で頬を叩き自分自身に活をいれ、しゃきっと立ち上がる。
そんなことは今考えても仕方がない。
芽生えた不安は胸にしまい、普通の顔をして階下に降りた。
夕食のときに幸也と約束したことを話した。急いでジャージを洗濯しているのを加奈に突っこまれたから。
正人さんと一馬さんはバイトで遅くなるらしく、食卓は女四人。
「…………他意は、ないよね?」
「そりゃあるでしょ~」
あってほしいようなないような気持ちでためらいがちに言った言葉に、加奈がそれは嬉しそうな顔でこたえる。
「そうね。ある、かもしれないわね」
「なんだか進展してるんじゃない?」
にこにこ顔の杏花さんと含み笑いする加奈をまるっきり無視して真由美が口を挟んだ。
「幸也かぁ。あいつは上手いよ~。花咲高にいってまた格段に上手くなってる。楽しんで来いよな」
「真由美~。今はバスケの話じゃなくってぇ」
「いや、バスケだろ。マミがやりたそうにしてたから誘っただけだろ」
「ええ~。そうかなぁ」
加奈と真由美がポンポン言い合っているのを聞いて深く考えるのはやめようと思った。
うん、バスケを楽しんでこよう。
「それよりさ、玄関に山ほど紫陽花があったけどあれはどうしたんだ?」
「散歩してたら綺麗な庭の家があって、ちょうど出てきたおばあさんが切ってくれたの。挿し木にもできるっていうから明日してみようかなと思ってるんだけど。紫陽花、嫌い?」
「好きだよ。挿し木ってそんなに簡単につくのか?」
「うん、割と簡単につくみたい。ついたら庭におろしたいんだけど、どの辺がいいかな」
「ついてから考えましょ。一馬とも相談して」
「一馬さん?」
「そう、一馬は結構うるさいんだ。庭は一馬と杏花に任せてる」
クルクルとフォークにパスタを丸め、ぱくりとほおばってちょっと思案して。
「玄関前とそこの庭にも何本かもらってもいいかな」
フォークでリビングの前の庭を指して言うと、杏花さんと加奈が驚いたように手を止めて真由美を見た。
「…………変えていいの?」
静かに、杏花さんがきいた。
「もうそろそろ、オレも動かないとな。マミもいろいろあるみたいだし」
にやっと
「バスケって言ったじゃない」
「そーだな」
今度はくっくっくと喉の奥で笑う。馬鹿にされてる感じ。ぷくっとほっぺを膨らませて腕組みすると。
三人揃って噴出した。
なんで?
「マミ、お前かわいいな」
「同じ顔して漫才しないでよ」
「どうしてこんなに違うのかしら?」
ホントになんでこんなに扱いも違うの~? 確かに真由美はかっこいい……私とは思えないけど。
「悪い悪い。だけど、マミが来たことで、オレも刺激を受けたってことかな。紫陽花の色が移ろいゆくように、オレも変わっていく時だなって思ったんだよ」
「変わるって?」
「今まではね、真由美ちゃんがあまり変えたくないっていうから、玄関前とそこのリビングから見える庭とガレージの中はほとんどいじってないの。手入れはしてるけどね」
杏花さんが説明してくれる。
「両親がいなくなる前の庭のままで置いておきたかったんだ」
「…………もうよくなったの?」
「うん、この三年間でもう十分だよ。マミの紫陽花は単なるきっかけだ」
「そっか。真由美は吹っ切ったかぁ」
加奈が頬杖をついて首を傾けた。
「……あたしも負けてられないね」
「へぇ?」
真由美が片眉をあげて驚いた顔をする。
「相変わらず負けず嫌いだな」
話が読めない。
「なになに? どういうこと?」
「ん~? まぁみんないろいろあるってことさ。そのうち加奈が話したくなったら話すんじゃないか?」
「…………また今度ね」
そう言われるとそれ以上は聞けない。
なんだかなぁ。私のことは洗いざらいしゃべらされてる気がするのに。
……まぁいいか。
「それよりね、今日教えてもらったんだけど紫陽花の花言葉って知ってる?」
私がおばあさんに教えてもらった話をすると、真由美がいいことを思いついたように嬉しそうに言った。
「それならマミ、明日植木鉢買ってきてくれないか?」
「植木鉢ならいっぱいあるわよ?」
「そんな意味があるならリビングに置こう。室内に置いても可愛い鉢に入れて。オレ達の絆を深める意味で」
「いいじゃない、それ」
加奈が賛同する。
「じゃあ、マミが選んできてくれ」
「あら、それなら私も一緒に行っていいかしら? 明日は昼前に帰ってくるし、待ち合わせしましょ」
なんだか明日は忙しい一日になりそうだ。
予定があるのはいい。何をしていいかわからないと不安になるから。
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