サプライズ?
自転車をガレージに入れるとき、なんだかヘンな感じがした。ヘンな感じ──違和感。
……なんだろう。
薄暗いガレージの中をゆっくりと見回す。
剥き出しのコンクリートの壁。隅の方に並べて置いてある段ボール箱。その隣にワックスやら何やら置いてある机。机の下には少し古くなった青いホース。反対側の棚の様子も別に変わりないように見える。
いや、そもそも物を動かしたからっていうんじゃない、肌で感じる何か。なんだろう。この違和感は。
……おかしいな。
しばらく考えてみたけどわからない。いつまでもそんなことしてるわけにもいかないのでぶるんっと首を振ってそんな思いを振り切ると、籠の中の荷物を持って玄関にまわった。
あれ? まだみんな来てないのかな。もう着いててもいいはずなのに。
みんなの靴がない。それだけじゃなく、佳代さんと子どもたちの靴もない。代わりにあるのは見慣れない男物の靴が二足と明らかに佳代さんのものではないハイヒール。
??? どういうこと? みんなが着いてないのはともかく、佳代さんたちの靴の代わりに男物の靴とハイヒールなんて?
頭の中にクエスチョンを浮かべながら廊下を歩く。
あ、これがみんなのサプライズなのかな? リビングのドアを開けたら実はみんなで驚かすつもりとか?
ドアを開ける前にちょっと躊躇ってしまう。
サプライズ返し、思いつかなかったなぁ。
ま、いっか。普通に驚かされてやろうか。
そしてドアノブに手をかけ……また感じる、違和感。何か、変。
あたしはなんだか奇妙な違和感にとらわれながら、ゆっくりとリビングのドアを開けた。
……サプライズ?
これは新手のサプライズなんだろうか?
ドアを開けたあたしはそのまま固まってしまう。あたしが予想していたのは、ドアを開けた途端に「ハッピーバースデー!!」ってみんなが祝ってくれるベタな展開なんだけど。
実際にはみんなからの祝いの言葉はなく、なぜか知らない男の人二人がソファーでくつろいでいる。これは一体……?
新手のサプライズというにはこの二人、あんまりどうにいっているというか、本当にくつろいでるの。
一人はソファーに寝そべってる。顔の上に開いた本を置いてほんとに眠ってるみたい。軽くいびきなんてかいて。
もう一人の黒ぶちメガネの人はソファーに腰かけて本を読んでいるんだけど、長い脚を投げ出して足先でくみ背もたれにゆったりともたれかかって片手で本を持っている。そしてあろうことか、ちらっと顔をあげて、
「おかえり」
って笑顔を見せるとまた何事もなかったように本に目を落としたの。
えっと? ……思考停止ってこういうのを言うのね。頭がまわらない。えーっとどう考えたらいいんだろう? この人たちは一体? あかりたちは? 佳代さんは?
リビングの入り口で呆然としていると、着物姿の女の人がキッチンからトレイを持って出てきた。トレイの上には湯気の立つマグカップが二つ乗っていて、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「あら、真由美ちゃん。おかえりなさい」
にこやかな笑みを湛えて私をちらりと見て、ソファーの前のローテーブルにコーヒーを運ぶ。
その笑顔があんまりきれいなので、思わず見惚れてしまう。腰の辺りまであるサラサラの長い髪に透けるような白い肌。藤色の着物がとてもよく似合っている。日本人形みたいだ。身のこなしもきれい。
いやいやそうじゃなくて。見惚れてる場合じゃない。また一人、知らない人が出てきちゃったよ。しかも『お帰りなさい』って……。
ふと、彼女がこっちを向いた。
まじまじと彼女を見つめていた私は、もろに目が合ってしまい、どうしていいかわからず慌てて俯いた。
「真由美ちゃんもコーヒーでいい? っていうか、どうかしたの?」
彼女が近寄ってきて、顔を覗きこむ。サラサラの髪が視界に入ってきてふわりといい香りがした。
思い切って顔を上げる。
「あの・・・」
「ん、なあに?」
言いかけて口ごもる。なんて言えばいいんだろう。
あなたはどなたでしょう? どうしてここにいるんですか? どうして私の名前を知ってるの?
なんと言っていいかわからずおたおたしていると、彼女は不審な素振りをする私をじっと見て、右手の上で頬杖をついた。人差し指を頬に添えて小首を傾げる。
そ……んなに見つめられても困るんですけど……。女の人に見つめられてるのにどぎまぎしてしまう。だって彼女、とびっきりの美人なんだもの、なんだか緊張しちゃうよう。
「とりあえず、座って待ってて。コーヒー淹れてくるから、ゆっくり話してね」
またしても固まってしまった私を見て、彼女は溜息を一つつくとそう言い残してすっとキッチンへ戻っていってしまった。
ゆっくり話してと言われても……何を? 質問したいことだらけなんだけど。っていうか、えらく親し気。私のことよく知っているみたいな……。
それにしても、一体何から訊いたらいいんだろう?
「真由美ちゃん、とにかく座って」
その場に立ちすくんで悶々と考え込んでいると、いつの間にかコーヒーを淹れて戻ってきていた彼女に腕を引っ張られてソファーに座らされた。
「何かあったの? 話してくれるでしょう?」
にっこり微笑んで真っ直ぐに見つめられる。
ええっと、とりあえず名前から。
「すみません、こんなことを訊くのは失礼かと思うんですけど…………一体どなたでしょう?」
「真由美ちゃん?!」
「真由美?!」
ストレートに訊いてみたら、彼女とさっきから本を読むのをやめてこっちを見ていたメガネの人が同時に叫んだ。男の人が身を乗りだしてメガネのブリッジをくいっとあげる。
「どこかで頭でも打ったのか?」
「どうしちゃったの?」
まさかこんな反応が返ってくるとは思ってもみなかったので、面食らってしまう。
「ふぁ~あ」
言葉に詰まっていると、この場の張りつめた雰囲気にまるでそぐわない大きな欠伸をしてソファーで寝ていた男の人が伸びをしながら起き上がった。
「なに大声出してんだよ」
半分寝ぼけたような声で言ってこっちを向いた。と、私たちの雰囲気を察して急に真面目な顔になる。
「何かあったのか?」
……だからそんなこと訊かれても困るんだよぉ。私だってわけがわかんないんだから。
「ただいま~」
明るい女の子の声が玄関の方から聞こえてきた。
また一人……。一体何がどうなってるの?
「ねー、誰かお客様来てるの? 靴が…………」
リビングのドアを開けた女の子の声が、唐突に途切れた。
「真……由美…………?」
その女の子は、まるで幽霊でも見たように驚いた顔で、それだけを言うのがやっとって感じで呟いた。私と同じ制服だけど、見慣れない顔。
「何をそんなに驚いてるんだ?」
さっきまで寝ていた人が私の訊きたいことを訊いてくれる。
「だ、だって…………」
女の子、その続きを言えずに口を閉じてしまう。目を大きく見開いてじっと私を見つめて。
「ただいま~」
もう一度玄関から声が聞こえてきた。
そして。
次に入ってきたのは、──私だった。いや、私と全く同じ顔をした女の子だった。
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