もう一人

 私は自分そっくりな彼女をまじまじと見つめた。他の四人は私たち二人を交互に見比べて口々に言う。


「ドッペルゲンガー?!」

「生き別れの双子?!」

「そんなわけないでしょ、そっくりな……従姉?」


 四人がおたおたしているのを横目に見て、空いているソファーにどかっと座るとにやっとわらってそのそっくりさんは言った。


「もう来たのか。早かったな」


 一瞬唖然として全員が彼女を見つめた。そしてみんなの気持ちを代弁するかのように、寝ていた人が口を開いた。


「従姉または親戚が正解ってことか」

「なんだ。そうだったの。ビックリしちゃった」

「ホントにそっくりだな~」


 とみんなが言い始めた中で、私だけがそうではないことを知っていた。

 私は従姉でも親戚でもない。

 みんなは彼女と間違えて私を”真由美”って呼んだ。しかもここは私の家のはずなんだから。

 ……とっても嫌な予感がする。


「えっと、名前はなんていうの?」

「顔色が悪いけど大丈夫?」


 ちらりと”真由美”の顔を見やると。


「自己紹介、どうぞ」


 なんてすまして言う。

 彼女、何か知ってるんだ。

 ジェスチャーでさあどうぞ、と促されるままに名乗る。


「…………原田真由美です」

「ええ??」


 四人が一斉に驚愕の声を出す。


「真由美、どういうことだ?」

「真由美ちゃん?」


 みんなして彼女を見つめる。

 

「どういうことかは知らないよ。オレが知ってたのは異次元の世界から彼女がやって来ることだけ」

 

 両手をひろげて肩を竦めてみせる。


「異次元ってパラレルワールドってこと?」

「そうそう」


 言いながらこくこく頷く。


「なんでそんなこと知ってるんだよ」

「あー、オレ、小さい頃から予知夢見ることがあるんだよ」

「予知夢?」

「そ。これから起こることを先に夢に見んの」

「そんなの聞いたことないぞ」

「うん、言ったことないから」


 つっかかる男の人にさらっと言い放つ。


「パラレルワールド。…………どうして私はここに来たんだろう?」

「ごめん。ホントに理由まではわからないんだ」


 私がぽつりと呟くと、もう一人の私が申し訳なさそうに言った。


「ううん、私こそごめんなさい。…………だけど、この人たちは?」

「?」

「私、この人たち知らないんだけど」

「パラレルって…………どの時点で違うんだ?」

「わかった。まず自己紹介しよう」



「小川正人、大学三回生。真由美とは幼馴染みだ」 


 そう名のったのは最初にうたた寝をしていた人。柔らかそうな髪は少し明るめの色。さっきから何やかやと発言してた人なんだけど、幼馴染みってどういうことなの? 私の幼馴染は幸也なのに。


「柳元一馬、同じく大学三回生」


 本を読んでいた人で黒縁メガネに真っ黒の髪。ものすごく真面目そうな印象。優しそうな目をしている。


「山下杏花。大学一回生よ」

 柔らかい物腰の惚れ惚れするほどの着物美人。


「中島加奈。真由美と同じクラス、バスケ部のマネージャーしてる。加奈って呼んで」

 ゆるふわの肩にかかる髪に可愛らしい大きな瞳。笑顔がチャーミングで人なつっこそうに言う。

 

「それで、この人たちはどういう関係なの?」

「関係って?」

「いや、うちでくつろいでるし。『おかえり』とか『ただいま』って…………、あ、もしかしておばあちゃんが生きてるの?!」

「ちょ、ちょっと待て。なんでそんなことになるんだ? おばあちゃんはもうずいぶん前に亡くなってるよ」


 ふと思いついて嬉しくなった私の言葉にもう一人の私──真由美が片手をあげてストップをかけた。


「あ、違うんだ。残念。…………おばあちゃんが生きてて下宿をしてるのかなって思ったんだけど」

「下宿はしてるよ」

「え? じゃあ、お母さんがしてるの? 絶対しないって言ってたのに?」


 私のこの言葉にみんなが固まった。


「え? 何か変なこと言った?」


 奇妙な沈黙。

 口火を切ったのは小川さん。


「あー。こことそっちの世界はかなり違うみたいだな。俺のことすら知らないみたいだし」


 ふーっと長いため息を一つ吐いて。


「真由美の両親は三年前に亡くなってるよ。下宿をしてるのは、真由美本人だ」

「!?」


 あまりの衝撃に言葉もでない。

 ゆっくりと他の人たちの顔を見回す。誰も嘘をついているようには見えない。

 本当、なのか。

 お父さんもお母さんもいない……。

 いや、いたとしても私の両親ではないんだけど。でも、やっぱりショックだ。


 その場の沈んだ空気を払うようにぱんっ。と真由美が手を叩いた。


「さて、と。自己紹介もすんだし、オレ、ちょっと寝てくるわ。昨日寝たの遅かったんだ。…………ふぁ~」


 伸びをしながら立ち上がる。


 ええ? この状況でほっていくの? 私はどうしたらいいの?

 

「そんなすがるような目で見るなよ。みんな気さくな奴等だからくつろいどきな」


 ひらひらっと手を振って出ていこうとする。


「真由美」

「なに?」

「はい?」


 後ろから呼ばれて思わず返事してしまい、二人の返事がかぶる。


「…………同じ名前ってのは、ややこしいな」

「ごめんなさい。あ、私、マミでいいよ。友達はそう呼ぶから」

「わかった。マミ、な」

「で、さっきのはどっちに言ったんだ?」


 真由美がリビングの入り口で眠そうに欠伸をしながら言った。


「お前だよ。お前。あのさ、お前が見た予知夢ではマミはいつまでここにいるのかわからなかったのか?」 

 

 ぴくんっと真由美の肩が動いたような、気がしたけれど。


「いや、わかんなかったな。でも、しばらくはいるんじゃないか? それともずっとか…………。そこまではわからない」




 真由美が出ていって、残った面々も動きだした。


「さて、そろそろ夕食の準備しなきゃね」

「マミちゃん、ゆっくりしててね」


 杏花さんと加奈の二人が立ち上がりながら言う。


「あ、手伝います」


 私も慌ててついていこうとすると、加奈に両肩に手を置かれてもう一度座らされてしまった。


「いーの、いーの。この家の炊事担当はあたしと杏花さんだから」

「でも…………」

「でも、じゃないの。あのね、今日は真由美の誕生日なの。ってことは、マミの誕生日でもあるわけよね?」

「あ、うん」


 そうだった。バースデーパーティーをしてもらう予定だったんだ。


「だから、主役はくつろいでて?」


 そう言われると何も言えない。


「あ、一馬は買い物に行ってきてくれる? 買い忘れがあったの」


 先にキッチンに行っていた杏花さんに呼ばれ、柳元さんも出ていってしまう。いつの間にか小川さんもいなくなっていて、私はぽつんとリビングに残されてしまった。

 手持無沙汰なのでローテーブルの上に残されたコーヒーカップを手にとると、まだ少しあったかいそれを口に含む。


「…………にが」


 ブラックだ。そっか。これはさっきの真由美に淹れたつもりだったから……。あの子はブラックで飲むんだ。

 ふと窓の外に目をやると、雨が降り始めていた。音のない静かな雨。キッチンから二人の話し声が小さく聞こえている。


 あっちでも雨は降ってるんだろうか。

 帰らない私を探してるんじゃないだろうか。

 

 待っていてくれている人たちの心配している顔が浮かんで、泣きそうになった。

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