バースデーパーティー
そおっと階段をおりてリビングの前まで来ると中から話し声が聞こえてきている。真由美が口の前に人差し指をあてて”静かに”と合図を送ってきた。黙って頷き返す。
「あの二人、遅すぎない?」
「真由美がなかなか起きないんじゃない? マミに起こせるのかな」
杏花さんの心配気な声に加奈がこたえている。……どんだけ寝起きが悪いんだ。
「自分の起こし方くらいわかるだろう。それより、真由美が何か企んでるんじゃないか?」
小川さんが鋭いことを言う。
あはは。真由美、ばればれだよ。
私に”まだ来るな”と手で制しておいて真由美がノブに手をかけた。
「よくわかってるじゃないか」
ドアが開く音がしたのとほぼ同時にみんなが立ち上がる気配。そしてしばらく沈黙。
「きゃ~! かっこいい! すごい! 今度の劇の衣裳?」
「ああ、けっこう似合うだろ?」
「似合う似合う!」
「うん、雰囲気作りもうまいのよね真由美ちゃん。妬けちゃうなぁ」
「ありがとう」
言いながら一歩下がり、ドアの影にいた私に手を差し出す。
「どうぞ、お嬢さん」
その手に軽く手を乗せて前に進んだ。
「うわ、マミ?! 綺麗!!」
「似合ってるわ!」
加奈と杏花さんが褒めてくれて嬉しくてちょっぴり気恥ずかしくて照れ笑いする。
あれ? あとの二人は? 無反応? 見ると二人はクラッカーを持ったまま呆然としている。くすっ。あれ、私たちが入ってきたときに鳴らすつもりだったんだろうな。
しばらくの沈黙の後、我に返った小川さんがクラッカーを鳴らした。続けて他の三人も。
そして。
「ハーピーバースデー! 真由美&マミ!!」
声を揃えて言ってくれる。小川さんが二つ目のクラッカーを鳴らし、杏花さんと加奈がオレンジ色の薔薇の花束を手渡してくれる。
「ありがとう」
素敵な誕生日。
薔薇に顔を埋めて気づいた。
露を含んだ花束。
ああ、きっとさっき柳元さんが買いに行ったのはこれなんだ。花束は元々は一つしかなかったはずだから。私のためにわざわざ行ってくれたんだ。
突然やってきた
なんだかとても嬉しくて胸の奥があったかくなった。
今頃まだ私を探し続けているかもしれないみんなのことが思い浮かび、ちくんと胸が痛くなったけれど。今はそれは出しちゃいけない。こんな風に温かく迎え入れてくれている人たちのために。
私は心をこめてもう一度言った。
「ありがとう」
「かんぱ~い」
「もう一回おめでとう~」
なんだかハイテンションの加奈が何度もグラスを合わせてくる。
「加奈、大丈夫? もしかして…………酔っ」
「正人には内緒、ね。ちょびっとだけだから」
私の口に指をあてて黙らせると、ちろっと舌を出して可愛く微笑む。
うう。可愛い。
「それにしても、さっきのみんなの顔ったら、最高に面白かったぜ」
真由美が思い出したように喉の奥でくっくっと笑う。
「全くお前は! 何か企んでると思ったんだ。やられたな」
小川さんが憮然として言う。
「でも確かに驚いたよ。まさかこんな格好で降りてくるとは思わなかったから」
やんわりと柳元さん。
「二人ともホントによく似合ってるわね」
「だって素材がいいもの。あたしの真由美は。ね~」
真由美にもたれかかって言う加奈。
小川さんに内緒って、それじゃあ明らかにわかるでしょうに。
それにしても面白い。人によってここまで反応が違うのか。性格がよくわかる。
ふと思いついて真由美を見る。もしかして私のために?
と、真由美も気づいてにっとわらう。
「面白いだろ」
「うん、ありがと」
私がみんなのことを早くわかるように、馴染みやすいようにしてくれたのね。
「加奈はちょっと計算外な。これはいつもの加奈じゃない」
苦笑して加奈を見る。
ほんのり頬をピンクに染めて、ほんとに可愛い。
「マミ、聞いてる?」
「うん、聞いてる聞いてる」
加奈は真由美にもたれかかったまま真由美を褒めまくっている。
「あー、もう。それくらいでおしまいにしとけ」
褒め殺しにされた真由美が加奈を後ろに転がした。ぽすんとソファー転がったままくすくす笑い続けている加奈。
「お前笑い上戸だな」
「ふふ、だって気持ちいい~んだもん」
真由美の腰に抱きついてくすくす笑っていた加奈はそのまま寝息を立て始めた。
つんつんっと肩を突かれて振り返ると、柳元さんの顔がすぐ目の前に迫っている。
ち、近い!
「マミちゃん、可愛いね」
ってこんなこと言われたことない私はどぎまぎしてどう答えていいやら………。
「あ、ありがとう。柳元さん」
「一馬だよ~。かずま」
「えっと」
「一馬って呼んで」
「はあ、はい、一馬さん」
「お、なら俺も正人でな」
「え~」
「なんで『え~』なの。一馬は呼べて俺は呼べないの?」
「いえ、えと、正人さん」
「よしよし、もっと食え」
なんだかんだ言って正人さんも酔ってるみたい。
「あー、誰よ。一馬にアルコール飲ませたの」
みんなのためにぱたぱた動いてくれていた杏花さんが両手を腰にあてて仁王立ちで睨みつけている。怒っているんだろうけど、ぷっくり頬を膨らませている顔はとっても可愛らしい。年上の
「え、オレが入れたのはマミのグラスだけど?」
真由美がさらりと言う。
え? 私のこのジュースってお酒なの? それでなのかな。さっきからふわふわぽわぽわなんだかとっても気持ちがいいのは。
「マミちゃんにもお酒飲ませちゃったの? 駄目じゃない。高校生なんだから」
「ここではマミは肩書なんてないからいいんじゃないか? 考えたくないこともあるだろうし、今日ぐらい羽目をはずしたって」
「お前ら、高校生のくせに何やってんだよ~」
「だから、オレは飲んでないって」
「そんなことして、家に帰らされるのヤだもの、飲んでないよ~」
呆れたように言う小川さんに寝ていたはずの加奈がくすくす笑いながら答える。
「そうそう、マミちゃんは特別」
「ひゃっ」
耳のすぐ近くで声がして思わず変な声を出してしまう。
「もうっ、正人さん、一馬と場所代わって! 一馬は端っこ」
杏花さんが強制的に席替えをさせてくれたので、ちょっとほっとした。だって柳元さ……一馬さん、なんだかあやしい雰囲気なんだもん。なんだかものすごく真面目そうに見えた最初の印象と全然違う。ほんとは軽い人なの?
「アルコール入るとああなっちゃうのよ。普段はすごく真面目なんだけどね」
杏花さんが肩を竦めて苦笑する。
それからわいわいおしゃべりして、どれくらいたったんだろう。
「あ~! またこんなところでチューしてる!」
急にむくっと起き上がった加奈が言った。
「もうっ。いっつも言ってるじゃない! そういうチューは部屋に入ってからにしてよねって」
ぽややんとしていた私は加奈の声で振り返ると、一馬さんと杏花さんが目の前でキスをしていた。
初めて見る生のディープキスにあてられてクラクラする。
「一人身には目の毒よね! ってマミ? 顔真っ赤だけど、もしかして免疫なし?」
ほてった顔を覚ますために目の前にあったジュースを一気飲みした。
「もうっ。だから駄目って言ったのに」
杏花さんはパタパタとキッチンへ戻っていった。
私は目の前にキスシーンがちらついてく~らく~ら。ふ~わふ~わ。
なんだか嬉しくなっていっぱいいっぱい喋ってしまった。
後から考えると、あれもお酒だったんだろうな。一気飲みしたやつ。
この日私は、思い出すだけで赤面する醜態をさらしまくってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます