サプライズ
「一馬、びしょぬれじゃない」
キッチンから買い物の荷物を受け取りにきた杏花さんが、慌ててバスタオルを取ってきた。
「もう、ちゃんと傘さしてたの? 座って」
ソファーに座らせて髪を拭いてあげている。……この二人って。
「杏花さん。ラブラブするのもいいけど、それだけ濡れてたらお風呂入っちゃった方がいいんじゃない?」
加奈が顔を出す。
あ、やっぱりそうなんだ。
「そうね、じゃあ一馬大急ぎで入ってきて手伝って」
「手伝いなら私が…………」
さっき手伝いはいらないと言われたけど、あまりにも退屈なのでもう一度言ってみる。
「あ、それならもう七時だし、マミちゃんは真由美ちゃんを起こしてきてくれないかしら? あの子、なかなか起きないけどよろしくね?」
「わかった。部屋は?」
「二階の一番奥よ」
「わかった」
階段をのぼると長い廊下。その突き当りにある部屋は、私の世界では両親の部屋。ここでも昔は真由美の両親の部屋だったんだろうか。
コンコン
軽くノックしてみる。
もちろん返事はない。
仕方ないな。私も寝起き悪いもんね。同一人物なら当然といえば当然のことだろう。心の中で『お邪魔します』と呟いてそっとノブを回す。
部屋はかなり片づいていた。というより必要なもの以外何もない感じ。私の部屋と随分違うな。
足音をたてないようにベッドの脇まで歩いていく。
ぐっすり眠ってる。起こすのが悪いくらい。
真由美の寝顔。自分と同じ顔なんだろうけど、やっぱりどこか違う、もう一人の私。私の分身。
さっきの話を聞いてしまったからだろうか。真由美が愛おしくてたまらない。小川さんに迷惑をかけたくなくて、自分を強いと思いこもうとした真由美。この寝顔の下で何を考えているんだろう。一体何を夢見てる?
私も強くならなきゃね。真由美は一人で乗り越えたんだから。これからどうなるかわからないし不安もいっぱいあるけど。小川さんが話してくれたのって、真由美みたいに強くなれってことよね。……うん、がんばらなきゃ。
くしゃっと真由美の前髪をかきあげる。静かな寝顔。
……この眠りを守りたい。私よりたくさんの悲しみを越えてきた真由美が、もうこれ以上悲しい目にあいませんように。
と。ふいに真由美の目から涙が零れ落ちた。
「真由美!?」
驚いて真由美を揺さぶり起こす。
「真由美!! どうしたの?!」
急に大声で起こされた真由美、驚いて私を見る。そしてさらに驚いた表情を作り、何か言おうと口を動かす。
「…………」
が、それは声にならない。
私のことを覚えていないのか、必死で考え込んでいる。
私はそんな真由美を黙って眺めていた。だって。真由美のうろたえている様子が結構可愛かったんだもの。それにちょっぴり昼間のお返し。みんなが私っていう異邦人の出現のためにパニックに陥っているのを、この子ったら一人冷静にすまして見てたんだもん。
「…………そう、か。マミ、だっけ?」
しばらくしてようやく思い出したように言って前髪をかきあげた。
「それにしても、なんて起こし方するんだよ。心臓が止まるかと思った」
「ごめん」
素直に謝る。確かにあれは悪かったと思う。でも私も驚いてどうしていいかわからなかったんだもの。というよりほとんど反射的に起こしちゃったのよね。悪い夢を見てるんじゃないかと思ったから。
「いや、別にいいけど」
あんまり素直に謝られて戸惑ったのか、わざとらしく視線をそらし時計を見る。
「七時五分か。…………マミ、起こしにきたの何時か覚えてる?」
「ちょうど七時だったと思うけど?」
「ふ…………ん」
鼻の奥で何か考え込むような音をたてる。
「下の連中がなんでマミにオレを起こしにこさせたか、わかるか?」
「え?」
突飛な質問に戸惑う。
「あいつらのことだからきっと寝起きの悪いオレを起こすのにマミが手間取っている間に必死で部屋の飾りつけをするつもりだったんじゃないかな。今まで下にいたんだろ? あいつらがマミのこと一人にするとは思えないし。今頃大わらわだよ。きっと」
そうなんだ? 私がいたから飾りつけできなかったってこと?
「あいつらが驚かせたくてやってるんだから気にするなよ? けど、マミの起こし方が奇抜だったから予想外にオレが早く起きてしまった…………としたら、やっぱりもう少ししてから降りていく方がいいよな」
真由美、にやっと
「オレ達を驚かせるつもりなんだろうから、こっちもお返しをしなきゃ悪いよな」
「何をするの?」
「サプライズ返し」
いかにも嬉しそうに言う。
サプライズ返しって……。私も考えてたよなぁ。思いつかなかったけど。発想は同じってことか。思わず笑っちゃう。
「笑ってないでこっちへこいよ」
一体何を企んでいるんだか、クローゼットの方へ歩いていくと、中から淡いピンクのドレスと黒のタキシードを取り出した。
「これを着てびしっときめていってやろう」
きれいにウインク。
う~ん。なんともさまになっている。私はウインクなんてしたことないけど。
それにしても。
「なんでこんなもの持ってるのよ」
イブニングドレスにタキシード。普通の女子高生のクローゼットには並んで入ってたりなんかしないだろう。
「今度文化祭で主役を演じる時の衣裳だよ」
しれっとして言う。
「演劇部に入ってるの!?」
ちょっと意外。私がそうだからってわけじゃないけど、真由美はバリバリの運動部だと思っていたのだ。
「いや、クラスの出し物だよ。演劇部にも参加してるけどな」
答えながらドレスの方を手渡す。
「え?」
言葉の意味がよくわからない。
「所属はバスケ部だけど、ほとんどの部に”参加”させてもらってるんだ。試合にも出してもらってるよ」
タキシードに着替えながらにやっと嗤う。
「!!」
「その方が面白いだろ?」
「ま、確かにそうだろうけど。…………練習はどうしてるの?」
各部で練習はあるだろうに。
「練習、嫌い」
呆れかえってしまう。開いた口が塞がらないとはこのことを言うんだろう。
「でも、それじゃあ……」
「早く着替えろよ」
かぶせるように言って私に続きを言わせない。
『それじゃあ真面目に練習している人がかわいそうじゃない』そう言おうと思ったけど、やめにする。言ってみたところで返ってくる言葉はなんとなくわかるもの。
『自分よりうまい人がいるなら、その人を追い抜けるように努力する』
これが私の持論。そして、多分真由美の逃げ口上。……実際には絶対に追いつけない相手ってのもいるんだけどね。公平さも欠いてるし。
真由美はドレッサーの前に座ってドライヤーをあてはじめている。
私に続きを言わせなかったのは、真由美もわかってるからなんだろうな。本当はそれが良くないってことを。
だから私も敢えて言わないことにする。真由美が全部わかっていて、それでもそうしている以上、多分今は言っても仕方がないから。
真由美に聞こえないように小さく溜息を吐いて。
私も着替えるために服を脱ぐ。
「…………ちょっと待って。なんで私の方がドレスなの?」
「今さら何言ってんだよ。受け取ったくせに」
「いや、考え事してたから。って、うわ、すごい。かっこいい!」
ムースで整えたそのヘアスタイルは、タキシード姿の真由美によく似合っている。
「ありがと。マミも似合うようにしてやるよ。さっさと着替えて」
仕方なくドレスを着る。……こんなのがらじゃないんだけどな。バスケ一筋できて、小学校以来制服以外でスカートなんてはいたことないのに。最後にはいたのっていつだっけ。
もたもたと着替え終わると。
「来な。変身させてやるよ」
とはいえ真由美同様のショートの私の髪を一体どうしようというのだろう。
櫛を片手に腕組みしていた真由美は、私をドレッサーの前に座らせると小首を傾げて呟いた。
「さて、どうしょう。ウィッグかつけ毛か」
「そんなのまであるの?」
「やるからにはなんでも完璧にってね。……うん、アップにしてつけ毛にしよう」
そういうとワックスとピンを駆使してアップにまとめあげた。一体どうやってこんな風にできるんだろう?
「動くなって。もうすぐだから」
手際よくつけ毛をつけ、ドレスと同色の飾りピンをつけていく。
「これでよし、と。はい、次はこっち向いて目閉じて」
言われるまま目を閉じる。
うわ、メイクまで。興味なかったから一切したことがない。初体験だ。
「開けていいよ。どうだ?」
鏡の中にいたのは、初めて見る自分だった。
私じゃないよ。これ。シンデレラってこんな感じ?
みんなを驚かせる前に、私が驚きまくってるよ。
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