ガールズトーク
「それで、正人と何があったの?」
目の前にはいろいろ聞き出す気満々の加奈が目をきらきらさせている。
風呂上りのパジャマ姿でジュースとお菓子を部屋に持ち込んで、じっくり聞くぞという態勢。
これは……全部言わなきゃ放してくれそうにないな。
夕食のときにきかれたのよね、加奈に。今日一日何してたのかって。それで素直に正人さんと買い物に行った話をすると。
「へ? 正人、一回帰ってきたの? なんで?」
「え? っと、心配して帰ってきてくれたみたいで…………」
「心配って?」
「いや、私が落ち込んでるんじゃないかと」
「ふうん?」
にや~っと笑って何か言いたげな様子で正人さんの方を見る。正人さんは素知らぬ顔。
い……言わない方が良かったのかな? なんかつっこまれそう。昨夜の醜態、酔っぱらったことはみんな知ってるだろうけど、部屋でのことは知らないよね。
自分で思い出して顔が赤くなってしまいそうなので慌てて話をそらした。
「そういえば、外で幸也に会ったの。こっちにも幸也、いるんだね。高校は違うみたいだけど」
「幸也くんに会ったの?! いいなぁ! 幸也くんはそっちにもいるんだ? 何話したの?」
加奈が乗り出してくる。
一瞬、キス直前の幸也のアップが思い浮かび、また赤面しそうになる。
うわぁ。今日の私、つっこみどころ満載だぁ。
「ええ~っと。そうそう、真由美と間違われそうになったから、従姉妹だって言っておいた」
「ああ、そうだな。ちゃんと設定作っておいた方がいいな。誰かにきかれて答えがまちまちだと変だしな」
「遊びに来てることにしたけど、どこから来たとかも決めてる方がいいのかな」
真由美がのってくれたので、ほっとして話を続ける。
「決めるんなら詳細知ってるとこにしろよ。あと、決めたら教えろ」
よく知ってる場所っていってもなぁ。詳しく知ってる場所なんて特にないなぁ。
なんて考えてると、まるで気持ちを読んだかのように、
「まぁ、決めずに誤魔化すってのもありだけど」
「誤魔化すってどうやって?」
「そりゃ、訊かれたときに『な・い・しょ♡』とか言ってみるとか?」
唇に人差し指をあてて色っぽく言う。
「そんなの無理~!! ってかなんで真由美そんなに色っぽいの?」
男言葉で少年のような振る舞う真由美からは想像もできない色っぽさ。
「さ~てね」
なんてしらばっくれる真由美に食い下がったりなんかして。うまく話をそらすことができたと思っていたのに、食事を終えて食器を片づけに立った私に加奈が寄ってきてくふふっと手を口にあてて笑って言ったのだ。
「後でじっくり聞かせてね」
加奈はゴシップ好きのようだ……。
そんなわけで、風呂上りにつかまって加奈の部屋へ連行されたのだ。
「はい、座って座って」
雲の形をした真っ白なラグに座り、隣をぽんぽんっと叩く。
淡い色の花をモチーフにしたキルトのベッドカバーに同系色のカーテン。箪笥の上には可愛らしい小物が並んでいる。女の子らしい部屋だ。
あれ? グラスが三つある。
ラグの横に置いてあるミニテーブルの上にはお菓子とジュース、そしてグラスが三つ。
「真由美が来るの?」
「来るのは杏花さんだよ。真由美はこういう話はあんまり興味がないから」
杏花さんは興味あるのか。清楚でしゃんとしててそれこそそんな話に興味なさそうに見えたけど。
「それで、正人と何があったの?」
加奈がもう一度その質問を口にしたとき、ノックの音がして杏花さんが入ってきた。
「ちょうど今から話きくところだよ」
それを聞いて嬉しそうに加奈の隣に座る杏花さん。長い髪はタオルでくるんと巻いてあげている。昨日の着物姿とはずいぶん印象が違う。今日の服装もフェミニンなワンピースにカーディガンだったけど、洗練されているというかしゃんとしている印象を受けたんだけど。今はシンプルなスウェットパジャマでリラックスしているからかな、もっとこう…………柔らかい感じ。
「それで?」
見惚れてる場合じゃないや。何をどこまで言おうか。
「えーと、でも、何かあったっていうわけじゃないの…………」
「そんなわけないでしょ~。マミの態度見てたら」
「明らかに挙動不審だったわよ」
即座につっこまれる。
「正人さんと何かあったというか、私が勝手にやらかしちゃったというか…………」
うう~。なんて言ったらいいんだ。二人とも嬉々とした目で続きを待ってるけど。あう~。恥ずかしすぎるよう。
私はしどろもどろになりながら、結局昨日の失態を全部話した。
顔が熱い。
「へぇ~。正人、なかなかやるじゃない」
「紳士ねぇ。誰かさんとは大違いだわ」
拗ねたように言う杏花さんの言葉にキスシーンを思い出し、さらに顔が熱くなる。
「あ~、キスを思いだしたんでしょ。マミってほんとにすぐに顔に出るんだ。そっち方面に免疫全くなし?」
「だって真由美とおんなじで部活三昧だもん。恋愛なんてしてる暇ないよ」
「ほんとに? してる子もいるでしょ?」
「まぁ、いるにはいるけど。私は興味なかったし」
「でも、正人にドキドキしたんでしょ?」
「したけど。でもあれはあの状況にドキドキしたんであって、正人さんにときめいたのかどうか自分でもわかんない」
「免疫のないマミならそれもあるか」
「それをいうなら幸也にだってドキドキしちゃったよ」
思わず溜息を吐いてしまう。
「なんでそこで溜息なの?」
「幸也くんにドキドキって、会っただけじゃないの? 幸也くんとも何かあったの?」
もうここまできたら全部話しちゃえって気になって、夕方のことを話す。
「きゃ~ん、うらやましい! ってなんでそんないいことがあったのにそんな暗い顔してんのよ」
「いや、なんか、昨日からアクシデントがいっぱいで気持ちが乱高下してて」
キスシーンの目撃に、正人さんの添い寝。それから今日の昼のこと。最後が幸也とキスギリギリの接近でどきどきしただなんて。
そんな場合じゃないのに。
「…………元の世界のみんなに心配かけてるのに、こんなことしてていいのかなって」
「そういうことか。…………でも、いいんじゃない? っていうか、ここでマミがそうやってず~っと欝々して過ごしているのより、楽しく過ごしてる方がみんなは喜ぶんじゃないかな?」
あっけらかんと加奈は言うけれど。
そうなんだろうか。
「それにマミは不本意かも知れないけど、もしかしたら一生こっちかもしれないじゃない。それなのに恋愛も何も楽しいこと全部あきらめるなんてもったいないよ」
「帰れるかもしれないじゃない? そしたら好きな人ができても、帰っちゃって会えなくなるのに?」
「そんなの、異次元じゃなくたって、たとえば引っ越しとかで遠くに行ったら会えないのとおんなじじゃない」
「…………おんなじじゃあないよ~。引っ越しなら連絡しようと思ったらできるもの」
「連絡のなかなか取れない海外とか? なんてそんなことばっかり言ってても仕方ないでしょ! うだうだ考えるより、心が感じるかだよ」
「そうよ。マミちゃん、どきどきしたんでしょ?」
「したにはしたけど。でも、二人ともにどきどきしたのって節操がないっていうか…………」
「ん~、でも、それはその状況にどきどきしたんであって、正人だから、幸也くんだから、どきどきしたのかわからないじゃない。わたしだって、一馬ひとすじだけど、幸也くんみたいなかっこいい子にそんなことされたらどきっとぐらいするかもしれないわよ」
なるほど。そういうものなのか。
「じゃあまだどっちに傾くかわからないね~」
「いやそもそも好きになるつもりはないから」
「わからないわよ~。恋ってのは突然やってくるんだから」
「…………杏花さんはいつから一馬さんのこと好きだったの?」
「高校のときの先輩だったのよ」
「あ~、その話は聞き飽きたよぉ。マミ、また今度教えてもらって」
話を遮られて杏花さんがぷっと頬を膨らませる。
なんとも可愛らしい。なんだかどんどん最初の印象と違ってくるぞ。普通の女子大生に見える。
「でもさ、幸也くん見て胸がちくんってしたんでしょ? 幸也くんの方が好きってことかな。…………あ、もしかしてあっちの幸也くんのこと、好きだったの?」
まさかの質問。
「え? 幸也? そんな風に考えたことなかったなぁ。胸が痛かったのは、私をよく知っているはずの幸也と同じ顔して他人行儀な態度をとられたことにたいしてだよ」
「あんなにイケメンなのに? モテモテくんだよ~?」
「う~ん、ちっちゃい頃からずっと一緒にいたし、弟みたいにしか思ってなかったな」
「え? ちっちゃい頃から一緒って幼馴染ってこと? 正人じゃなくて、幸也くんが幼馴染なんだ?」
「うん、そうなの。恋愛対象に見たことはないなぁ」
「じゃあ、胸が痛んだのはやっぱりこっちの幸也くんになんだ?」
「いやいや、ないない」
やっぱり状況にドキドキしただけだよ。
「でもさ、気持ちって止められるものじゃないと思うよ」
「そうそう。恋愛ってね、タイミングもあると思うのよね。出会う順番ってのもあると思うし。マミちゃんの場合、ほぼ同時に二人に出会ったんだから、これからどなるかわからないわよ~」
杏花さん、ずいぶん嬉しそうなのはなぜですか。
「いや、でも。やっぱり恋愛なんてしてる場合じゃないと思うの」
それでもぐだぐだ考えていると、目の前で杏花さんがぱんっと軽く手を叩いた。
「マ~ミ~ちゃん。あのね、自分の力ではどうしようもないことってあるのよ? そんなときは、すっぱり気持ちを切り替えて、今できるベストのことをするしかないと思うのよね。それが恋愛とは限らないけど。後ろ向きでぐだぐだしててもどうしようもないしね」
ぐっさりくるなぁ。
「あたしもそう思うな。帰る帰らないはマミに決められることじゃないんだからさ」
「そんな風に割り切れるものなのかなぁ」
「割り切らなきゃ、やっていけないときだってあるよ」
ふと、加奈の表情が曇る。でもそれは一瞬のこと。
「とにかく、私はマミちゃんがどっちを好きになっても応援するからね」
「どっちをって言っても、幸也にはもう会う機会もないんじゃないかなぁ。正人さんとは毎日顔を合わせるけど」
「それはそうよね。部活で毎日忙しいだろうし。あれ? 今日はどうして会ったの?」
「あ、多分テスト期間だよ。うちとずれてたはず。ふふっ。今週は会う機会もあるかもね」
加奈が含み笑いする。
恋愛、かぁ。今まで興味なかったからクラスでそんな話をしている輪には入らなかったけど、みんないろいろ思ってるんだなぁ。
私は……やっぱりまだいいかな、とは思うけど。
二人に話してすっきりした。
自分でも不思議。出会ってまだ二日目の二人にこんなに洗いざらいしゃべっちゃうなんて。
だけど、しゃべったことでなんだか気が楽になった。
二人ともコイバナを聞きたかっただけじゃなかったのかも。
もともと人との間に壁はあんまり作らない方だけど、今日のこの時間はもともと低い壁を限りなくゼロに近くした。
酔いつぶれて眠った一日目。そして二日目の今日、落ち着いた気持ちで眠りにつけたのは二人のおかげだ。
ありがとう。
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