驚きの真実
「ホントおっちょこちょいだな」
呆れたように言われむっとする。
「だって正人さんがおかしなこと言うから」
「説明する前に早とちりしたのはマミだろ」
……う、反論できない。
「まぁ、聞きな」
からかうような瞳のままで優しい笑顔で話だした。
「あの最後の晩、加奈と杏花が酔っぱらてお前の部屋に行っただろ? あの時、俺の部屋にティムがやってきて言ったんだ。『正人はこれでいいの?』ってな」
「いいも悪いもあいつは自分のいる場所に戻るんだろ。両親がいて仲間がいて楽しい元の世界だろ」
「でも、好きになった人はいないよ」
「それは仕方がないだろう。素直で真っ直ぐなあいつを見てたら、幸せに育ってたのがわかる。すぐに忘れるよ」
「…………もし、あっちの世界でマミが不幸だったら?」
「どういうことだ?」
「マミが帰ったら、彼女の両親は事故に遭って死んじゃうんだ。彼女を迎えに行く道中で」
それを聞いて、帰らせたくないと思った。だけどそういうわけにもいかない。真由美の寿命の話を聞いていたからな。俺にできることなんてない。なのにこいつはなんで俺にこんな話をするんだ?
ティムを睨みつけると。
「そばにいてあげたいと思わない?」
「行けるのか? 俺が行くのはいいのか?」
「ここの世界の人とは縁が切れちゃうけどね」
兄貴として見守っていこうと決めていた真由美の顔が浮かぶ。でも、いつか真由美も誰かと恋をするだろう。俺でなくても守ってくれる奴は現れる。
「それと、簡単にはいかないよ。あっちにも正人はいるから」
「それじゃあどうすれば…………」
「ヒントをあげる。一つの世界に一人分の寿命。あなたがあっちに行きたいならどうすればいいと思う?」
「…………入れ替わり、か」
「勿論、相手と交渉して向こうがオーケーしたらの話だけどね」
そこまで聞いてつい口を挟んでしまう。
「どうしてあの時言ってくれなかったのよ」
「言えないだろ。こっちの俺との交渉が確実にクリアできるとは決まってなかったんだから。ヘンに期待させても、ぬか喜びにさせるだけだろ」
「じゃあ、なんにも言わなかったらよかったじゃない。キ……キスだって、しなくても……」
「こっちで俺が手間取っている間に、トンビにさらわれたら元も子もないだろ。俺に気持ちを向けとかなきゃって焦ったんだよ。…………あっちの幸也に告白とかされてまんざらでもなかったみたいだし」
照れ隠しのように窓の外に視線をやる。
……何も言ってくれなかったけど、気にはしてたんだ。
見たことのない正人さんの顔。可愛いと思ってしまうのはおこがましいかな。
それに……。
「トンビって」
堪えようとしても笑みがこぼれてしまう。
「ああ、そうだよ。まだ会ったこともないこっちの幸也にやきもちを焼いたんだよ。だって考えてみろよ。あそこでお前の気持ちをつかんどかなきゃって思っても仕方ないだろう。俺はどう考えたってお前が一番つらいときには間に合わないんだから。そのときに支えるのは幸也なわけだろ? 交渉が成立してお前の所へ行ったら幸也になびいてましたじゃ、しゃれになんないじゃないか」
「そんなに簡単にぐらついたりしないのに」
ぽそりと小さな声で呟くと。
「お前から気持ちを聞いたわけじゃないからな。…………大っ嫌いって言われたし」
「だってそれは真由美の…………真由美は置いてきて本当に良かったの? 真由美の気持ちは?」
「俺にとって真由美は妹でしかないからな。あっちにいても兄以外にはなれない。それに、あいつは全部知ってたんだよ。最初から。知らないって言ってたのに。
ティムと話をした後、一馬には報告しようと思って部屋を出たら真由美がドアの外に立ってた。真由美にも話すつもりでいたから、ちょうどよかったと思ったらあいつの方から言ってきた」
「決めたんだ?」
「聞いてたのか?」
軽く肩を竦めて。
「聞こえたんだ」
「もう見守ってやれない」
「うん、わかってる。…………黙ってて悪かった。本当は知ってたんだ。マミが帰れることも、正人がついていくことも」
意外なことを言い出す。
「それも予知夢、か?」
「まぁ、そうだな。正人の気持ちはわかってたしな。…………だからマミにドレスを着せたんだ」
にやっと嗤う。
「お…………まえ、仕組んだのか? まさかアルコールも…………」
「あそこまで壊れて可愛くなるとは思ってなかったけどな。…………一発でぐっときただろ?」
「してやられたと思ったよ。たった一週間でここまでお前に惚れるだけのお膳立てはされてたってわけだ。そんでもってお前の方もな」
「え? なにそれ」
「加奈にいろいろたきつけられてたんだろ? あれも真由美の奴がそうしろって言ってたらしいぞ。”マミが早く安心できるように恋人ができたらいいだろ”って名目で。ま、加奈は加奈で真由美の気持ち知ってたから、真由美の言うとおりにするのが正解かわからなくて、幸也と俺とどっちもおしてたみたいだけど」
はい~? 全部真由美が仕組んでたの? でも、真由美は正人さんのこと好きだったのよね?
「どうせ行くんならとっとと行ってしまえってさ。期間まではわからなかったみたいだから」
それを聞いたとき、ふと最後の晩に真由美の言ったことが頭に浮かんだ。
『いじわるしてごめんな』ってそういうことだったのか。
私が帰れるのを知ってて、正人さんとのことも知ってて黙ってたこと。
そのいじわるの真意は――大好きな人を連れて行かれるから。
もう、真由美ったら真由美ったら真由美ったら! この場にいたら叱りとばしてやるのに。
「莫迦」
ぽつりと呟いた私の頭をぽんっと叩いて微笑む。
「ほんっと莫迦で素直じゃないよな。ほい、お前に伝言」
ぴらっとメッセージカードを出してくる。
マミへ
幸せになれよ。マミがそっちで幸せになっていれば、こっちでオレも幸せになってるよ。お前はオレの分身だから。
だからお互いしっかり幸せになる努力をしような。
あ、それと正人を諦めたオレに同情する必要はないからな?
正人以外の誰か――これが誰かはわからないんだけど――と幸せに笑ってる自分の夢も見てるから。オレにはオレの幸せな未来があるはずだから。
ずっと心の中で繋がってるよ。一緒に幸せになろうな。
真由美
「あいつは大丈夫だよ。加奈も杏花も一馬もいるから。もう一人の俺のことは、一馬にも頼んでおいた。真由美と話した後、一馬に報告したら言われたよ」
「お前は本当にそれでいいんだな」
「みんなのこと、頼むな」
「任せとけ。お前でない正人がおかしな奴だったら追い出すぞ」
「伝えとくよ」
「幸せになれよ」
あんまり饒舌ではないけど、周りをよく見ている一馬さんの顔を思いだす。正人さんとの繋がりも強いものだったんだろうな。
「ま、それで俺はその話に乗って、お前が帰った後みんなに別れを言ってすぐにこっちにきた。
その足ですぐに”俺”のところに行ったんだ。
ここの”俺”は五つも年上で、探偵事務所をやってた。胡散臭いなぁとは思ったんだ。でもまぁ”俺”だし、ヘンに捻って言うより直球の方がいいかなと思ってありのままを話した。異次元の世界から来たこと。一応年上なんだし、下手に出て。
こんな荒唐無稽な話、すぐには信じてもらえないかと思ったら、意外にもすぐに信じてくれたんだ。呆気ないくらい簡単に。おいおいそんな簡単に人を信用してもいいのか? 自分そっくりの俺が言ってるにしても、もうちょっと疑ってもいいんじゃないのか? って思うくらいさ。
だけどなんていうのか、軽いんだ。こいつをあっちに送ってもいいのか? って思うくらい。完全に上から目線でからかってくるし」
正人さんがからかわれるって、一体どんな人? 見てみたかったな。
まるで考えたことがわかったかのように、言葉を止めてデコピンしてそのまま続きを話す。正人さんってホント、エスパー。額を擦りながら続きを聞く。
「それで、お前を追いかけてきたこと、入れ替わってほしいこと、向こうでの俺のことをはなしたら、…………これがまたえらくすんなりオーケーしてくれたんだ。拍子抜けするくらい。呆気なく」
「その人、ご家族やお友達は?」
「天涯孤独だとさ。友人は二人ほど紹介してもらった。…………これからここにいるのに味方がいる方がいいだろうって。その後あっちこっち連れ歩かれて――俺は早くお前のところに来たかったんだけど、葬儀がすむまではいかない方がいいって言われて」
「どうして?」
「『おかしな噂になって困るのはその子だろ。行方不明中、何してたんだか勘繰られるのがおちだ』って。正論だから納得した」
なんだかちょっとむくれ気味。あ~、格負けしちゃったのね。
「お前さ~、素直なのはいいけど顔に出すぎ!」
もう一回デコピンされそうで慌てておでこを両手で隠すとふふっと笑う。
「これで全部話したと思うけど。何か聞くことあるか?」
「あ、うん。ティムのことなんだけど。…………そんな勝手なことしても良かったのかな」
「大丈夫じゃないか? 教えてくれたのは、ティムの優しさだろう?
もしかしたら大天使に𠮟責をくらうかもしれない。でも俺はあえてティムに甘えた。もちろん俺がそうしたかったからなんだけど、これできっとティムも天使に戻れるだろうと思ったから。時空を歪めて俺たちを入れ替えたことは確かに叱責に値することかもしれない。でもそれは”人間のため”だったんだから。ティムが初めて”人間のため”にしたことだから。
最後に話したとき、ティムが言ったんだ。『マミを殺そうとするの、途中から躊躇してたんだ』って。お前を殺そうとしてずっと狙っている間、俺たちみんなのことを観察してたんだとよ。で、だんだんわからなくなったって。だから中途半端な攻撃ばかりになってしまったって。そのときは大天使が阻止してるとは思ってなかったから、失敗するのは自分の躊躇いが原因だと思ってたって。」
「天使に戻れたかな」
「たぶんね。人間が愛おしいものだって思えるようになったって言ってたし、今回の采配も良かったと思わないか? 大団円、だろ?」
「うん、そうだね」
正人さんが嬉しそうにそう言うから、そういうことにしておこう。
知人友人みんなと縁を切ってきたんだから。寂しさもあるだろうに。全くそれを表に出さずに笑うから。気づかないふりをしよう。
「さて、そろそろ帰らないとまた心配かけるんじゃないか?」
「あ、うん」
「ほい、これはプレゼント」
出してきたのは淡い水色の携帯電話。
「俺の連絡先と住所、入ってるから。いつでも電話してこい」
「え? 一緒に帰るんじゃないの?」
「すぐには無理だろ? お前、親の葬儀がすんだ途端に男を連れ込んだって言われるぞ」
自分の現状を再認識する。
そうだね。勿論そうだ。ここはあっちとは違うんだから。
そして、お父さんもお母さんもいない…………。
…………あの広い家に一人で帰るのか。
「そんな顔するなよ。帰したくなくなるだろ」
くしゃくしゃっと髪をかき回されて。
「いつでも来るよ。…………会えない場所じゃないんだから」
うん、そうだね。もう二度と会えないと思ってたのが、こうやって会えただけでも幸せなんだから。
真由美は一人で乗り越えたんだものね。私はたくさんの人に見守られてる。
「うん、わかった。…………夜、電話していい?」
「何? 俺の声聞かないと眠れないの?」
からかうように言う。
「そう。眠れないの」
って反撃してみたら、正人さんが真っ赤になった。
ふふっ。
真由美。私、幸せになるね。あなたに負けないくらい幸せになる。あなたは私の分身だから。あなたも私に負けないくらい幸せになってね。
店を出て家まで送ってくれる帰り道。
「ほら、ナイトのおでましだ」
息せき切って駆けてくる幸也の姿が見えた。
「ねぇ、幸也に話してもいい?」
「お前にとって幸也や佳代さんはそれだけ大事な人なんだろう? 紹介してもらえるのは嬉しいよ」
正人さんの笑顔が、優しく優しく私の心を包んだ。
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