これこそホントのサプライズ
葬儀がすむまでの数日の間、自分が何をしていたのかあんまり覚えていない。細々した準備や後片付けは全て佳代さんと近所の人たちがしてくれたようだ。
幸也は学校も休んでできるだけ私の側にいてくれた。私はただぼーっと時が流れていくのを眺めていた。
真由美のときのように親戚たちも来たようだったけれど、それも佳代さんがうまくあしらってくれたらしい。はっきり覚えていないけれど、私自身も彼らの話に絶対に頷かなかったようだ。
葬儀の翌日。
ふらりと家を出た私は、いつの間にか花咲公園まで来ていた。正人さんと最後に散歩した紫陽花の小径をゆっくりと歩く。あっちと違って自称カメラマンたちがあちらこちらで撮影をしている。遠くからは子どもたちのはしゃぐ声。
なんだか全部全部夢だったみたい。異次元へ行ってしまったことも。そこで出会ったみんなのことも。そうして全部嘘になって、両親のこともなかったことになってしまえばいいのに。……私の罪も消えてしまえばいいのに。
あの時の東屋に歩み寄る。
全部夢ならと思うのに、あの時の光景が脳裏に蘇る。
嘘だよ。夢じゃない。夢なんかじゃない。忘れたりしないよ。
……会いたいよ。
「マミ」
不意に懐かしい声が聞こえた気がした。
やだ、空耳まで聞こえてきちゃった。正人さんが、こんなところにいるはずがないのに。真由美にも杏花さんにも一馬さんにも加奈にもそして正人さんにも、もう会えないのに。
本当に一人ぼっちだ。あの広い家に一人っきりになっちゃったんだ。
淋しくて哀しくて、心が震える。
不意に両肩に手を置かれてびくっとする。
「マミ」
頭上から降ってくる声。
まさか。そんなはずない。正人さんがここにいるはずないもの。……振り向いちゃいけない。期待しちゃいけない。正人さんのはずはないんだから。
「この莫迦マミ! なんで無視するんだよ」
でも、やっぱり、この声。この喋り方。
「正人さん⁉」
振り返って叫ぶ。目を擦ってみても消えない。幻なんかじゃない、本物の正人さんが立っている。
「なんて顔してんだよ。鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔して」
いつものようににやっと嗤う。
「だ、だって、あなた、なんだってこんなところに? あ、こっちの世界の正人さん? …………じゃないわよね。私のこと知ってるはずないんだし。じゃ、ほんとに本物の正人さん? こっちの世界じゃなくあっちの世界の。でも、それならどうやって来たの? まさか偶然来ちゃったわけじゃないんでしょう?」
正人さんたら返事もせず、喉の奥でくっくっと笑いだす。
「お前ね、それだけの質問にどうやって一度に答えろっていうの」
「だって…………」
「だってなんだって言うんだよ」
またにやっと嗤いながら言う。
う~。からかってばっかり!
「まぁまぁ、そう嚙みつきそうな顔するなよ」
そう言ってまた笑う。ただし今度はさっきのにやにや嗤いじゃなく、真剣にお腹を抱えて、おかしくってたまらないっていう風に。
っとになんだっていうのよ。
「何がおかしいのよ」
ちょっときつめの口調で拗ねてみせる。
「いや、悪い」
なんとか笑いをこらえて。
「いや、ね。お前って、端からコメディーにしちまうなと思ってさ」
「何よ、それ」
まるで私が情緒欠落人間みたいな言い方してくれるじゃない。
「俺はね。ここに来るまでずっと落ち込んでいるだろうお前をどうやって慰めようか考えてたんだ。お前を見つけたときもかなり深刻そうな顔をしてたしな。それが、さ。声をかけたときのお前の反応をみて、ついついいつもの調子でからかっちまった」
くすっ
思わず笑いが漏れる。
正人さん、ありがとう。私、本当にさっきまで落ち込んでたんだよ。泣きそうになるくらい哀しくて、淋しくて。
世界は無彩色だったのに、あなたが来た途端に鮮やかに色づいたの。
私に言わせると端からコメディーに変えてしまうのはあなたの方だよ。………わざとそうしてくれたんだよね。それがあなたの優しさだね。ありがとう。
そんな風に笑わせておいて、ふっと優しい瞳で言う。
「泣いてないんだろ。…………泣いちまえよ」
胸の奥につかえてた塊が驚きと笑いと正人さんの優しさで溶け出した。
「ほら」
そう言って正人さんが両手を広げるから。
私は恥も外聞も掻き捨てて、その胸に飛び込んで子どものように泣きじゃくってしまった。
ひとしきり泣いて落ち着いた後、私たちは公園の脇の喫茶店に移動した。
「ねぇ、正人さん。どうして私が落ち込んでるって思ったの?」
注文したコーヒーとココアを店員さんが運んできた後で、歩きながらふと疑問に思ったことを口にする。さっきの正人さんの口調、まるで両親のことを知っているみたいだった。
「ティムに聞いたんだ。お前の両親が、お前が帰ったときに亡くなってしまうことを」
なに? それ……。
「それってティムにはわかってたってことなの?」
「そういうことだ」
「…………じゃ、なんで、なんで帰る前に言ってくれなかったのよ!」
「知ってたら帰らなかったのに、か?」
「当り前じゃない。私が帰ることによって二人が死んでしまうなら…………」
「真由美に迷惑かけてまで、あっちに残れるのか?」
「それは…………」
答えに詰まってしまう。……確かにそうだ。私はあそこにいるわけにはいかなかったんだ。
でも。だからってそのせいで二人が……。
「仕方のないことなんだよ。お前のせいじゃない」
「でも!」
「悲観的に考えるな。確かにお前の両親が亡くなったのはお前が帰ってきたからかもしれない。だけどな、それは最初から決まってたことなんだ。誰にも変えられない運命だったんだ」
それでも……。
「俺は運命なんてものは信じちゃいない。自分の未来は自分で作るものだって思ってる。だけど、本当に変えられないことだってあるんだよ。人はいつかは死ぬんだ。そういう自然の摂理を変えることは誰にもできやしないんだから」
うん。わかる。正人さんの言ってることはわかる。でもね、だからって私の罪が消えるわけじゃないよ。
「お前は! まだわかってないな」
ぺしっと両手で私の頬をはたく。そのまま私の顔を挟んだまま、ゆっくりと言い聞かせるように強い口調で言う。
「いいか、お前の両親の寿命は決まってたんだよ。正確に言うと、お前が戻る前に亡くなるはずだった。だけどお前が戻るまで延ばしてくれてたんだ。
最期に会うことはできないけど、お前の両親は娘の無事を知ってから亡くなった。行方不明のまま、心配しているままじゃなく。
それはお前にとっても、葬儀もすんでしまってから帰るんじゃなく、最後に見送ることができたってことだ」
正人さんの言葉はぐるぐると頭の中をまわり、ゆっくりと私の心に落ちてくる。
悲しみがなくなるわけじゃないけど、胸の中を温かいものが満たしていく。
幸也もあかりもずっと側にいてくれた。佳代さんも雑用をこなしながらも気をつかってくれていた。バスケ部のみんなもいつでも力になるよって言ってくれた。頭の中では感謝しているのに、ベールを隔てた向こう側の世界のようだった。
だけど正人さんの言葉は、温もりは、何故だかそのベールを剝ぎ取って私の中にまで入ってきた。
おさまっていた涙がまたぽろりと零れる。
もう大丈夫。
涙がまだ出ちゃうけど、ちゃんと笑える。心にあったかい灯がともったから。
「来てくれてありがとう。また会えるなんて思ってなかったから、びっくりしちゃった」
私が一人っきりだと思って心配して見に来てくれたんだね。
もう一度別れのシーンを繰り返すのは辛いけど、あなたの優しさが嬉しいよ。きっとティムに無理を言ったんだよね。
「もう大丈夫だよ」
長くいればいるほど別れは辛くなるもの。せっかく来てくれたけど、これ以上甘えすぎたら弱くなってしまう。
「さようなら」
精一杯の笑顔で言ったのに。
「っておい、追い返すのか?」
正人さんは意外なことを言われたという顔で。
「俺はずっとここにいるよ」
「…………ええ⁉」
目を丸くして大声を出してしまう。
「どういうこと?」
思わず身を乗り出してココアのカップをひっくり返してしまった。
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