チャンスはある?

「骨折を馬鹿にするな。開放骨折なんだし、感染症の心配もあるんだぞ?」

「でも入院期間が延びれば延びるほど、入院費用かかるじゃない」


 ひとしきり泣かせてもらった後、元気になった私は無理を承知で正人さんにわがままを言っていた。


「そんなこと心配する必要ないっすて言ってるだろ」

「心配するに決まってるじゃない。厄介者の居候なんだし」

「誰も厄介者なんて思ってないよ」

「それに……警察がくるんでしょ? 会いたくないよ」

「入院するのに住所書いてるんだし、ここにいなかったら家に来るだけだろ? とにかく、駄目だって言ったら駄目だ!」


 ノックの音がして顔を出したのは幸也だった。


「外まで聞こえてるよ。珍しいね。正人兄がそんな大声だすなんて」

「はぁ、幸也か。お前からも言ってくれ。こいつ、昨日手術したばっかりなのに退院するってきかないんだ」


 大袈裟に溜息をついて入ってきた幸也にふる。


「正人さん、そんな言い方ずるい。常識で考えたら駄目って言うに決まってるじゃない」

「常識で考えて駄目なものはどう考えても駄目だろう」


 これじゃあいつまでたっても平行線だ。


「幸也、ちょっとこいつの相手してやっててくれ。俺、コーヒー買いに行ってくるわ」


 正人さんはもう一度溜息を吐くと、くしゃっと私の頭に手を乗せて言った。

 自分の気持ちに気づいてしまってから、たったそれだけのことでドキドキしてしまう。明らかにこの前までとは違うドキドキ。


「正人兄、俺のも買ってきて」


 幸也くんがさっきまで正人さんが座っていた椅子に座りながら言うのを聞いて、ちょっと不思議に思う。


「怪我、ひどいんですか? 手術って…………」

「…………大丈夫だよ。正人さんが大袈裟なだけだよ。それより幸也くん、正人さんと親しいの?」

「子どもの頃よく遊んでたくれたんですよ」

「そうなんだ。…………ねぇ、私にも敬語じゃなくていいよ」

「え、でも…………」

「正人さんには使ってないじゃない」

「そうですけど、真由美先輩に敬語で慣れてしまってるからつい」

「私は別に先輩じゃないもの。一つしか変わらないんだから気にしないで」

「え? 一つ? もっと上かと思ってた」

「そんなに老けて見える?」

「いや最初の印象が……お洒落な服着てたし」


 ああ、杏花さんの服だったものね。ってそこで照れるのか、話題変えよう。可愛いけど。


「部活の帰り? よくここが分かったね」

「ああ、この間一緒だった女子が言ってたんだ。真由美先輩にそっくりな人が昨日事故にあったみたいだって。文化祭に行ってた友たちに聞いたって言うから、先輩に電話したら教えてくれた」

「それですぐ来てくれたんだ。ありがとう」

「心配だったから。これ、お見舞い」


 思い出したように紙袋から可愛らしいフラワーアレンジメントを出す。


「オレンジの薔薇…………」

「嫌いだった?」

「ううん、この前誕生日にもらったのもこの花だったから」

「花屋になんて初めて入ったからどれがいいかわからなくて。その花が一番マミさんのイメージにあう気がして。その…………元気があって可愛らしくて」


 口ごもって赤くなる。

 

「マミさん、あの…………正人兄とつきあってるの?」


 え? 唐突に一体何を言い出すのやら。


「…………つきあってないよ」

「そっか。…………なら、俺にもチャンスある?」

「ええ?」


 思いもかけない幸也の言葉に戸惑いを隠せない。

 ええっと、何か答えるべき? どうしよう?


「ごめん。唐突すぎるよね。俺もこんなに焦ってすすめるつもりはなかったんだけど。…………ライバルが正人兄かもって思ったら、ぼやぼやしてられないなって思ったんだ」


 なんだか今日はとんでもないことばかり言いだす。


「ライバルだなんて。正人さんとはそんなんじゃないよ」

「でも、マミさん…………正人兄のこと、好きなんでしょ?」


 ど、どうしてそれを!? 私自身が気づいたばかりだっていうのに。

 図星をさされて火照ってくる。頬が熱い。これじゃあ、「そうです」って認めてるみたいなものじゃない。恥ずかしすぎる~。

 シーツをきゅっと掴んだ手元から視線をあげられない。


「あーあ、やっぱりそうなんだ。…………正人兄相手じゃ、かないそうもないなぁ」

「ごめんなさい」

「謝らないで。俺、諦めないよ。可能性がゼロじゃないなら」


 幸也くんがにっこり笑って言う。


「…………マミさんのこと、ちょっと気になるしまた会ってみたいと思って『応援に来て』って誘ったんだ。だけど、事故のこと聞いて心配で心配で居ても立っても居られなくって。来て元気な顔を見たら、ほっとしたんだ。それで、なんか、その…………好きなんだなぁって思った」


 口ごもりつつ、丁寧に気持ちを伝えてくれる。

 そんな幸也にきちんと私の気持ちも伝えないといけないな、と思う。


「そんな風に思ってくれてありがとう。でも、私今は誰ともそんな風になるつもりはないの。応援に行くって答えたのも、友達として応援したいと思ったから」

「だれとも……って、どうして?」


 どうしてときかれても……。

 帰れない可能性の方が高いみたいだけど、やっぱり自分が異邦人エイリアンなんだって意識は消えない。正人さんのこと、好きになっちゃったけど、真由美のことがなくてもやっぱり気持ちを伝えたら駄目だと思うもの。

 何者かに狙われてたりもするし、迷惑をかける存在でしかない……。


 つきんと胸が痛んでシーツをきゅっと掴む。

 それに何も知らない幸也になんて答えたらいいのかもわからない。


 真っ白なシーツを見つめて言葉を探していると、すっと幸也の手が伸びてきた。と思ったら、幸也の顔も近づいてきて――。


 え? 


 カチャッ


 扉の開く音で慌てて離れる幸也。


「うわ。俺、何して…………」


 顔を赤らめ立ち上がる。

 入ってきた正人さんが怪訝そうに幸也を見る。


「もう帰るのか? コーヒー買ってきたのに」

「…………用事があったの忘れてたから。これ、もらってくよ。ありがとう。マミさん、ごめん、…………また来るよ」


 動揺してるのか、明らかに挙動不審……。


「忙しい奴だな」


 なんにも気づいてない様子の正人さんは苦笑して椅子に座ると、買ってきたココアを手渡してくれた。


「しばらく入院すること、納得できたか?」


 そうだ、そのことで口論してる最中だったんだ。


「納得なんてできるわけないじゃない」

「マミ、熱が出てきたんじゃないか? 顔が赤いぞ。だから退院なんて無理だって言ってるだろ」


 顔が赤いのは別件のためだよ。とは言えず。


「だって、入院なんてしたらいくらかかるのよ。…………保険証もないんだよ?」

「そんなの気にするな。マミの怪我を直すことの方が最優先に決まってる」


 しばらくそんな押し問答を続けていたけど、頭の中からさっきのことが離れなかった。あれってやっぱり……。

 またしても赤くなっているであろう私のおでこに正人さんがそっと手をあてた。

 

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