バスケットボール

「マミさん、ですよね?」


 迎えにきた幸也くんがおかしな質問をする。


「そうだけど、どうして?」

「北高バスケ部のジャージを着てるから」


 なるほど、本来真由美が着るはずのもの。


「ああ、えっと真由美に借りたの。こっちでスポーツするつもりなかったから持ってきてなくて」


 ……苦しい言い訳をする。


「ああ、そうなんですか」


 素直に納得してくれるのがまた心苦しい。


「そういえばマミさんってどこの人なんですか?」

「…………!」


 どうしよう! 考えてないままだった!


 応えあぐねていると。


「あの、言いたくないなら別にいいです。ただふっと思っただけで。…………大学生ですか?」

「…………」


 う、ホントに何も考えてなかった。高校生ならこんな時期にぶらぶらしているのも変だし。


「すみません。いろいろ聞いちゃって」


 しゅんとして黙ってしまった幸也と二人してもくもくと歩く。”幸也”でない”幸也くん”と何を話していいのかわからない。

 しばらくして気まずい沈黙をまたしても幸也くんが破った。


「バスケはいつからやってるんですか?」


 ああ、これなら答えられる。


「中学の部活だよ。幸也くんも? すごいよね。花咲高のバスケ部って強いんだよね?」


 そこからはバスケ談議に花が咲く。会話がはずんでコートまであっという間に着いた。

 幸也くんの仲間に紹介してもらい、しばらくは真由美とそっくりだという話題で盛り上がる。彼らが私のことをいろいろ訊こうとしたときにはさらりとフォローしてくれた。細かいところに気を配れるのは幸也とそっくりだ。

 だけどいざプレーをしてみると、全くの別人だと改めて感じた。

 幸也より格段に上手い! さすが花咲高のバスケ部! しかも部員が50人以上いるなかでレギュラー入りしているらしい。

 緩急つけた動き、切れのいいターン、ドリブルできりこむタイミングとスピード、パスの正確さに的確なシュート。ここに来ているメンバーの中でも別格だ。

 初めに少しアップをしたほかはチーム替えをしながらずっとゲームをした。敵になると怖い相手だし、味方になると心強い。

 今日のメンバーもみんな上手で楽しくゲームすることができた。




「今日は楽しかった~! 誘ってくれてありがとう」

「マミさん、すごくうまいですね。真由美先輩よりうまいかも」

「そう?」


 褒められて悪い気はしない。でも真由美よりうまいというなら、私の方はバスケ一筋だからだろう。


「幸也くんも。あそこまでうまいとは思わなかったよ~」

「ありがとうございます」


 少し照れながら言う顔が可愛い。

 花咲高校でレギュラーなんだから褒められ慣れてるだろうに。


「フェイントがうまいよね。ノールックパスとか。完璧に抜かれたもんね」

「マミさんはアシストがうまいですよね」

「背がないからね~。今日みたいに男子と混ざってやるとシュートなんてできないでしょ~」

「スリーポイント決めてたじゃないですか」

「あれはタイミングよかったよね」


 今日のゲームを思い出しながらあーだこーだ話をする。


「あー、ホントに今日は楽しかった~」

「良かったです。あの、マミさん」


 住宅街を抜け大通りに出る少し手前で幸也くんが急に立ち止まったのでつられて足を止める。


「何?」

「また会ってもらえますか?」

「え?」


 見上げると真っ赤な幸也の顔。


「えっと、あの、部活で忙しくてそんなに時間はないと思うので、昨日や一昨日みたいに町で偶然会うことはもうないかと思ったら…………すみません。こんなこと初めてなのでなんて言ったらいいのかわからなくて」


 頬を染めて尻すぼみになっていく声。


 何これ。照れてる? めちゃくちゃ可愛いんだけど。うわ~。幸也のこんな顔、初めて見た。いや、幸也違いなのはわかってるんだけど、顔の作りは同じなんだもの。加奈はモテモテだって言ってたけど、どうなんだろう? 本人の言うように女の子に慣れているようには見えない。

 でも。

 約束なんてしちゃっていいんだろうか。この先どうなるかわからないのに。

 『応援してる』という杏花さんの言葉を思い出す。

 恋愛してる場合じゃないと思うけど…………でも告白されてるわけじゃないのよね。とりあえず友達としてなら、会っても問題ないよね。そんな機会があるなら。

 

「私、いつまでここにいるかわからないから、約束はできないけど…………」

「来週の日曜はまだいますか? 練習試合があるんですけど、見に来てくれませんか?」

「うん、いいよ」


 なんとも可愛らしくお願いする幸也くん。自分では自覚してないんだろうなぁ。この可愛さを。

 

「ほんとに? やった!」


 小さくガッツポーズをした拍子に私の持っていたペットボトルに手が当たり、落としてしまった。


「うわ、ごめんなさい」


 慌てて拾ってくれるけれど、中身は半分零れてしまった。「別にいいよ」って言ってるのに、少し先にある自動販売機を見つけて「買ってきます」と走っていく。

 

 もしかしてちょっと舞い上がってる? いつもの、といっても彼をそんなに知っているわけではないけど、彼らしくない。


 三十メートルほど先でゴトンと音がしてスポーツ飲料のペットボトルを取り出した幸也くんが、顔を上げてこっちを見た瞬間に大声で叫ぶと同時に走り出すのが見えた。


「危ない!!」

「え?」


 反射的に振り返ると、がらがらっと音をたてて材木が倒れかかってくるのが目に入った。咄嗟に腕で頭をかばう。その時、黒い影が視界の端に入ったのを見逃さなかった。

 腕に二度三度激痛が走る。


「マミさん!! 怪我は?! 腕? 見せてください!」


 真っ青な顔で走り寄ってきた幸也くんがそっと袖をまくり上げる。

 ジャージのおかげか少し腫れて内出血しているだけで傷はできていない。


「骨は? ゆっくり動かしてみて」


 言われる通り動かしてみる。特に支障はない。


「うん、大丈夫。打撲だけみたい」

「大丈夫じゃないですよ。これから腫れますよ。…………このまま病院へ行きましょう」


 病院って。私は保険証も何もないのに。そりゃまぁ真由美のふりして受診することはできるだろうけど。


 もう一度動かしてみる。


「大丈夫だよ。これくらい」


 病院に行った方がいいという幸也くんとしばらく押し問答して、結局家に帰ったらすぐにアイシングすることと少しでも痛みがひどくなるようなら必ず病院に行く約束をして家に帰ることになった。

 別れ際まで心配していた幸也くんに、もう一度腕を動かして見せた。


「ホントに大丈夫だからね。それより、試合楽しみにしてるよ」

「すぐに冷やしてくださいよ」

「了解!」


 私より蒼い顔の幸也くんに急き立てられるように家に入った。

 心配している彼の手前、元気に振る舞って見せていたけれど、玄関のうちに入ると震えがきた。


 やっぱり偶然で片づけるにわけにはいかないよね。

 一体誰に真由美は狙われてるの? しかも、どれも偶然っぽいけど大怪我してもおかしくない。真由美に怪我をさせたい? なんのために?

 もうすぐ最後の大会。それに関係あるのかな。レギュラーを外された人とか? 

 あ、ちょっと待って。あの子、他の部の試合にも出てるって言ってたよね? そっちかな。


 腕に氷嚢をあてながら考えたけれど、わからないことだらけだ。

 真由美のこともっと知らなくっちゃ。


 私は”私が囮になって真由美を守るぞ”という変な使命感を胸に、夕暮れのせまるリビングで一人腕を冷やし続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る