約束

 さて、そろそろ帰る方向へ向かなくっちゃ。


 ぐるりと辺りを見回す。


 うん、たぶんこっち。 


 方向感覚には自信がある。目星をつけて適当に歩いていると、テニスコートがあった。中年の男女がプレイしている。それを眺めながらフェンス沿いに歩いていくと、今度はバスケットコート。高校生か大学生くらいの男子たちがゲームしている。みんなかなり上手い。

 見ていると体がうずうずしてくる。


 いいなぁ。私もやりたい。もうすぐ夏の大会なのに。……そんなの今の私には関係ないか。でも……もし戻れても動けないだろうなぁ。

 そうだ! ランニングくらい毎日しておこう。


 うんうんと自分のアイデアに頷いて気づく。


 服借りなくてもジャージ持ってるじゃない! 鞄に入ってるはず……って入ったままかも。帰ったらすぐに洗おう。


「マミさん。どこまで買い物に行ってたの?」

「え?」


 フェンスの中から急に声をかけられ驚いて中をみると、フェンスに指をかけて笑いかけている幸也が、いや幸也くんがいた。


「何? 幸也の知り合い?」

「ああ、知り合いの親戚。…………俺、もう帰るわ」


 後ろを振り返って返事をする。


「マミさん、待ってて。帰るところでしょ」

「え?」


 幸也は返事も聞かずに駆け出すと、コートの反対側に置いてあるバッグをつかんで走って戻ってきた。


「良かったの?」

「何がですか?」

「バスケしてたんでしょ?」

「ああ、どうせあと五分ほどで終わりだったから」

「そうなんだ。あ、そうだ。昨日はありがとう」

「どこも痛くなってませんか?」

「うん、大丈夫。幸也……くんこそ受け止めてどこも痛めてない?」

「実は骨が折れてたんですよ。あんまり重かったので」

「ええ?!」

「ぷっ。くくくく。マミさん、素直ですね。なんともないですよ。普段から鍛えてますから」


 真顔で冗談言わないでほしい。まともに受け取ってしまった。あっちの幸也ならそんなことも言いかねないから、さらっとスルーできたのに。この微妙な敬語で騙された。普通に考えれば骨折しててここでバスケしてるわけがないくらいすぐにわかるのにね。


「それより……昨日名前言いましたっけ?」


 お、鋭いツッコミ。えっと。


「真由美に聞いたの。すぐ分かったよ。花咲高のイケメンで背の高い後輩って言ったら」

「へぇ、それでわかるなんて光栄だな」


 すっと手を伸ばして買い物袋を持ってくれる。

 もてるのもわかる気がする。することがさりげなくスマートだ。


「ありがと」

「それ、全部紫陽花ですか?」

「そうなの。紫陽花の植物園みたいなお庭の家があって、見てたらくれたの。挿し木にもできるって言うからいろんな種類もらっちゃった。うちの…………真由美の家の庭にもいっぱい咲いたらいいなって思って」


 花束としては雑多な種類をごちゃまぜにした感じの紫陽花に目を落とす。一つ一つの花は個性的で色もさまざま。綺麗なその花たちを見ているとつい顔が綻ぶ。


「うまくつくといいですね。花が好きなんですか?」

「うん、好き。でも育てたりとかは今まであんまりしたことないな。私も部活が忙しかったから」

「部活? 何部だったんですか?」

「バスケット」

「バスケ? それならおんなじですね。俺もバスケしてるんですよ」


 知ってるよ。


「さっきもしてたけど、今日は部活じゃないの?」

「テスト期間なんです」

「ああ、…………じゃあ勉強しなきゃだめじゃない」

「一日でも休むと体なまるからね~。ちょこっとだけ毎日しにいってるんですよ」

「確かに動きたくなるよね。でもあんなところにバスケットコートがあるの知らなかった」

「マミさんは今はバスケしてないんですか?」

「…………うん。やりたいけどね~」

「なんでしないんですか?」

「…………」


 ストレートにきかれて返答に詰まる。彼が納得しそうな設定が思い浮かばず返事できずにいると。


「すみません。言いたくないなら無理に言わなくてもいいですよ」


 何か事情があると思ったのだろうか。でもそれならそれで都合がいいかも。


「うん、ありがとう」


 しばらく無言で歩いて幸也くんが思いついたように言った。


「バスケ、やりたいなら明日一緒にやりませんか?」

「え?」

「明後日までテストだから、明日もあそこでやってるんですよ。あ、無理にとは言いませんが。…………やりたそうだったので」

 

 唐突な誘いに驚いたけど、バスケができるのは嬉しい。


「うん、やりたい。でも、お友達とやるんでしょ? 勝手に決めていいの?」

「大丈夫ですよ。バスケ部の連中だから。気さくな奴らばかりだし、その場で会った人たちと一緒にやることもありますし。あ、明日は女子もいますよ」

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて行かせてもらおうかな」


 ここへ来てたった二日動いてないだけなのに、何もせずぷらぷらしてすごしているから体がなまってくる気がしてたのだ。


「じゃあ明日、三時からなんで二時半ごろに迎えに行きますよ」

「迎えはいいよ。自分で行くし」

「だってマミさん、場所わかりますか?」

「わかるよ~。…………あれ、わかるかな」


 自信がなくなる。まぁ大体の方角はわかるけど。


「なんで私がわからないのわかったの?」

「さっきあそこにコートがあるの知らなかったって言ってたし、帰りは話しながら歩いたから周りを見てなかったでしょう?」


 確かにその通りだ。行き当たりばったりに散歩してたんだから。到着はできるだろうけど、最短距離では行けないだろうな。


「どうせ近所なんだし、一緒に行きませんか?」

「…………じゃあ一緒に行こうか。明日、二時半ね」


 なんだかデートの約束をしたような気がしてドキドキしてるのは私だけなんだろうか。 

 家の前まで送ってもらった私はその場に立ちつくし、幸也くんの後ろ姿を複雑な思いで見送った。

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