第23話 エピローグ:真実の残響
秋の澄んだ空が広がるある日、芹沢孝次郎と斉藤康隆は、川村紗英の両親が暮らす小さな家を訪れていた。物語の幕引きとして、この訪問は必要不可欠なものだった。二人の手には、紗英が命懸けで守ろうとした再開発計画の不正を暴いた証拠が、新聞やオンライン記事として形になったものが握られている。
「彼女の行動が、社会を変えました。」
玄関先で出迎えた紗英の母親に向けて、芹沢が静かに言った。小柄でやつれた顔をした母親は、少し涙ぐみながら、二人を家の中へと招き入れた。
家の中は、どこか物悲しさを漂わせていた。居間には紗英の写真が飾られ、その前には彼女の好きだったという白い花が一輪、花瓶に差してあった。
「紗英がいなくなってから、ずっと苦しかったんです。どこに行ってしまったのか、何が彼女をそうさせたのか、何も分からなくて……。」
母親の言葉に斉藤は神妙な顔をして頷いた。そして、持ってきた記事をテーブルにそっと置く。
「これが、紗英さんの行動の結果です。彼女が命を懸けて守ろうとしたものが、今や多くの人々に知られています。そして、この再開発計画は完全に凍結されました。」
母親は震える手で記事を持ち上げ、その内容をじっと見つめた。大山家の逮捕、政治家たちの責任追及、そして紗英が計画に関わり、その危険性を訴えた勇気――すべてが克明に記されている。
「紗英は……このために……。」
その言葉に、芹沢は静かに頷いた。
「彼女の行動は、無駄ではありませんでした。そして、彼女が守ろうとしたものは、多くの人々の未来を救いました。」
母親の目から涙が一筋こぼれた。父親も無言のまま俯いていたが、やがて深く頷き、震える声でこう言った。
「ありがとうございます。本当に……紗英のためにここまでしていただいて……。」
その帰り道、車の中で芹沢は静かに窓の外を見つめていた。斉藤が運転席でハンドルを握りながら言った。
「これで終わりだと思うか?」
芹沢は少し考えた後、答えた。
「真実が明らかになったことで、大山家のような力を持つ者たちは一時的に抑えられるでしょう。しかし、権力と利権が絡む闇は、この世から完全に消えることはありません。」
「じゃあ、また同じような事件が起きるってことか?」
斉藤が少し苛立った声を出すと、芹沢は穏やかな笑みを浮かべた。
「それでも、真実を追い求める人間がいる限り、闇を照らし出す光は絶えません。紗英さんのように。」
その言葉に斉藤は黙り込み、ハンドルを握る手に力を込めた。
そのころ、大山重信は刑務所の独房にいた。彼の名前は新聞やニュースで連日報道され、世間の批判が集中していた。政界や経済界の繋がりが次々と暴かれ、彼が築き上げてきた影のネットワークは崩壊の一途をたどっていた。
「大山、お前の面会だ。」
看守の声に、重信は顔を上げた。現れたのは、かつての彼の片腕であり、再開発計画を共に推進していた部下だった。彼もまた裁判を控えており、憔悴した様子で座った。
「すべてが終わりましたね。」
部下の言葉に、大山は深くため息をついた。
「……終わったのではない。崩れただけだ。」
「しかし……。」
「だが、それが人間の愚かさだ。この失敗から何も学ばず、また同じことを繰り返すだろう。」
それが彼の最後の言葉だった。彼の姿を映す窓には、かつての威厳はもう残っていなかった。
一方、佐藤真希は忙しく取材と記事作成に追われていた。再開発計画に関する詳細な情報をさらに掘り下げ、連続した特集記事を発表していた。
「佐藤さんの記事、すごい反響ですね。読者から感謝の手紙もたくさん来ていますよ。」
部下の記者がそう言うと、真希は微笑みながら言った。
「でも、これが終わりじゃない。この問題の背景には、もっと深い闇があるかもしれない。私たちが伝え続けなければ。」
彼女の覚悟に、部下たちは静かに頷いた。
数週間後、芹沢は自分の事務所に戻っていた。静かな空間でコーヒーを片手に、今回の事件に関する記事を一つ一つ読み返していた。その内容は、社会を揺るがすほどの衝撃を与えるものばかりだった。
「これで一つの事件は終わった。でも、まだ多くの真実が待っている。」
独り言のように呟いた芹沢の元に、電話が鳴った。それは、新たな依頼の知らせだった。受話器越しに聞こえる声は切羽詰まっていて、また別の闇に芹沢を導こうとしていた。
彼は静かに目を閉じ、次の挑戦に向けて覚悟を決めた。
最後に、川村紗英の母親から届いた手紙が芹沢の手元にあった。その手紙にはこう書かれていた。
「娘の正義を守ってくださり、本当にありがとうございました。彼女はもうこの世にはいませんが、その意志はきっと多くの人々に受け継がれることでしょう。私たちは彼女の母として、誇りを持っています。」
芹沢はその手紙を丁寧に机の引き出しにしまい、一人静かに呟いた。
「紗英さん、あなたが見つけた真実が、また誰かを救う光となりますように。」
エピローグの終わりに
この物語は一つの終わりを迎えたが、それはまた新たな始まりでもある。真実を追い求める者たちの物語は、終わることなく続いていく――。
読者へのメッセージ
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! 川村紗英の勇気が描いた真実の軌跡が、読者の皆さまにも何かを残すきっかけとなれば幸いです。この物語の続きにもぜひご期待ください! ご感想やご意見をお待ちしております。
心理学者探偵・芹沢孝次郎が人間の心の奥底に潜む真実に挑む!芹沢孝次郎シリーズ 第2弾 湊 マチ @minatomachi
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