【毎日更新】心理学者探偵・芹沢孝次郎が人間の心の奥底に潜む真実に挑む!芹沢孝次郎シリーズ 第2弾

湊 マチ

第1話 白骨の呼び声

地方都市の郊外に広がる再開発エリア。未来のショッピングモールと大型マンション建設が予定された工事現場では、今日も朝早くから重機の轟音が響き渡っていた。灰色の土埃が舞い上がる中、作業員たちはスコップを手に駐車場用地の整地作業に追われていた。


「ここの土、やけに固いな……」


40代のベテラン作業員・木村は、足元の地面を掘り起こしながらぼやいた。作業のペースが遅れることを気にしていたが、その手を止めたのはスコップに当たった固い物体の感触だった。カツン、と軽い音が耳に響く。


「なんだこれ……?」


木村は膝をつき、土を手で払いのけた。すると、白く固い物が地中から姿を現した。丸みを帯びたその形状――間違いなく骨だった。最初は動物の骨だろうと思ったが、よく見ると不自然なほど大きく、完全な形状を保っている。


「……おい、ちょっと来てくれ!」


作業仲間を呼び寄せ、さらに慎重に土を掘り進める。やがて骨の全体像が露わになると、現場にいた全員が息を呑んだ。それは人の形をした骨格――白骨化した人間の遺体だった。


「監督! これはただ事じゃない!」


慌てた作業員たちが現場監督を呼び、作業は完全に中断された。監督の顔は青ざめていたが、すぐに冷静を装って指示を出した。


「……警察に連絡しろ。誰も触るなよ!」


現場に重々しい空気が流れ、作業員たちは次々と手を止めた。さっきまで響いていた重機の音は静寂に変わり、風の音だけが残った。作業員たちはそれぞれ遠巻きに遺体を眺めながら、誰もが言葉を失っていた。


数十分後、現場に到着したのは捜査一課の警部補、斉藤康隆だった。黒のスーツ姿で現れた彼は、作業員たちをざっと見渡しながら警戒線の内側に入る。


「発見者は誰だ?」


「俺です……」木村が震える声で手を挙げた。


「詳しい状況を話せ。」


斉藤はメモ帳を取り出し、淡々と聞き取りを始めた。木村は土を掘り起こした瞬間の状況や、骨が地中から見えた経緯を語る。斉藤は合間に質問を挟みつつ、冷静にメモを取り続ける。その目は、ちらりと現場に横たわる骨格に向けられた。


「土の状態は? 違和感は感じたか?」


「いや、特に……。ただ、他の場所より固い土でした。掘り進めたら、こんなものが……」


斉藤は無言でうなずき、遺体の周囲を歩き回った。骨格は完全な形を保っており、埋められた場所が深かったことから、風化が進んでいないと判断できる。さらに、骨の周辺には古びた布や靴の破片、そして小さなバッグが埋まっていた。


「バッグの中は?」


鑑識課の職員が手袋をつけたまま中身を確認し、報告する。


「スマートフォンが入っています。かなり古い型ですが……」


斉藤はスマートフォンに目を留めた。埃と泥にまみれていたが、奇跡的に破損はしていないようだった。バッテリーは切れていたが、中に残されたデータがこの遺体の謎を解く鍵になるかもしれない。


「このスマートフォンをすぐに解析に回せ。」


「了解しました。」


鑑識課がバッグやスマートフォン、靴の破片を慎重に回収していく中、斉藤はその場を見渡しながら小さく息を吐いた。


「これはただの偶然じゃないな。」


彼の直感がそう告げていた。


遺体が発見された場所は、新たに駐車場が建設される予定の地下深く。誰かが故意に埋めたことは間違いない。さらに、この場所は10年以上前に使われていなかった空き地だった。これほどの深さまで埋めるには、相応の労力と意図があったはずだ。


「監督、この土地の以前の利用状況は?」


「確か、ここは10年前まで私有地だったはずです。最近ようやく再開発のために売却されて……」


「所有者について詳しく調べておいてくれ。」


斉藤は現場監督に指示を出し、さらに遺体の状態を観察する。骨の配置や埋められた深さから、遺体が自然死ではないことは明らかだった。


「斉藤さん、これを。」部下が差し出したのは、遺体の歯形や骨格の特徴が書かれた初期報告書だった。


「何か分かったか?」


「まだ確定ではありませんが、10年前にこの地域で失踪した女性――川村紗英さんの特徴と一致する可能性があります。」


「川村紗英……!」


その名前を聞いた瞬間、斉藤の記憶が鮮明に蘇る。地元でも大きく報道された失踪事件――当時、大学生だった川村紗英が行方不明になり、警察が総力を挙げて捜索を行ったものの、結局何の手がかりも見つからなかった事件だ。


「紗英……。彼女がここに?」


斉藤は静かに骨に目をやる。10年の時を経て、彼女はようやくこの地で発見された。それは、彼女の死が偶然の産物ではなく、意図的に隠されたものであることを意味していた。


夕方になり、鑑識の作業が一段落する頃、現場は徐々に静寂を取り戻していた。遺体の周囲には黄色い警戒線が張られ、外からの視線を遮断している。空には薄暗い雲がかかり、辺り一面に漂う空気は冷たい。


「斉藤さん、遺体の移送が完了しました。司法解剖に回します。」


部下の報告にうなずくと、斉藤は最後にもう一度現場を見渡した。埋められた遺体、泥にまみれたバッグ、そして沈黙を守る周囲の工事現場――。


「10年前の事件が動き出したな……」


彼は低く呟いた。すべての真実は、ここから始まる。


工事現場で白骨化した遺体が発見されてから2日後。捜査一課の斉藤康隆は、事件の全貌を把握すべく、10年前の失踪事件に関する記録を資料室で読み込んでいた。古びたファイルの表紙には、黒いマジックで「川村紗英 失踪事件」と記されている。その文字は、年月を経たのか薄くなり、今にも消えそうだった。


斉藤はファイルを丁寧に開き、失踪当時の調査記録をめくる。紙の端は擦り切れ、当時の捜査がどれほど困難を極めたかを物語っている。記録を読むにつれ、斉藤の眉間に深い皺が刻まれた。


川村紗英。当時21歳。大学3年生でジャーナリズムを専攻していた。友人たちの証言によれば、彼女は明るく、正義感の強い性格だったという。だが、彼女の人生はある日突然断たれた。


「失踪当日、紗英が最後に目撃されたのは……高級マンションか。」


斉藤はページに目を落としながら小さく呟いた。そのマンションは地元有力者の息子、大山達也が所有し、紗英は彼が主催するパーティーに参加していたのが最後の目撃情報だった。


記録には、そのパーティーの参加者リストが記載されていた。だが、当時の捜査では、参加者全員が「特に異常はなかった」と口を揃え、真相はつかめなかった。


「全員が何も知らないと言うなんて、そんなことがあり得るのか?」


斉藤は記録をめくりながら独り言を漏らした。失踪した当時、紗英の家族は彼女を必死に探し続けた。だが、失踪した直後の数日間を過ぎると、手がかりは完全に途絶えた。その後、事件は捜査の進展がないまま迷宮入りとされた。


記録の中に紗英の写真が添えられていた。明るい笑顔で写る彼女の姿。その笑顔が地面の下で10年間も眠っていた現実を考えると、斉藤の胸には小さな痛みが走った。


「この事件を放置してきたツケが、今になって回ってきたということか……」


次に、斉藤の目に留まったのは、もう一つの失踪事件についての記録だった。


「宮田崇……」


地元の中学校教師であり、川村紗英の親しい相談相手だった人物。彼もまた、紗英が失踪したのと同時期に突然姿を消した。記録にはこう書かれていた。


「宮田崇(35歳)。地元中学校勤務。10年前、失踪。特に犯罪性は認められず、失踪事件として処理。」


斉藤は記録を閉じ、腕を組んで考え込んだ。


「教師が大学生と親しい関係にあった理由は何だ? そして、彼が消えた理由は……?」


当時の捜査では、紗英の失踪事件と宮田の失踪に直接的な関連は見出されなかった。しかし、今回の遺体発見を受けて、二つの事件の間に何らかの繋がりがある可能性は高い。


「宮田は、紗英の失踪に関して何か知っていた……いや、関わっていたのかもしれない。」


斉藤は確信に満ちた目で部下に指示を出した。


「宮田崇について、もう一度徹底的に調べ直せ。彼が最後に確認された場所、交友関係、当時の行動記録――すべて洗い直すんだ。」


「了解しました。」


部下が足早に資料室を後にし、斉藤は再び机に目を落とした。


現場で見つかった古いスマートフォンは、鑑識課で解析が進められていた。データ復元が完了した報告を受けた斉藤は、早速結果を確認するために鑑識課へ向かった。


「どうだ、解析は?」


「まだ完全ではありませんが、いくつかのデータを復元しました。」


担当者がパソコンの画面を操作しながら答えた。画面に表示されたのは数枚の写真データだった。


「これは……」


画面に映し出されたのは、高級マンションの一室を写したものだった。豪華なシャンデリアが輝き、テーブルにはシャンパンや豪華な料理が並べられている。その中央には数人の若者が立ち尽くしており、皆どこか緊張した表情を浮かべていた。


「パーティーの写真だな……」


斉藤の視線は写真の中の一人に止まった。カメラを向ける紗英の姿だ。彼女は不安げな笑顔を浮かべ、何かを隠しているような表情をしていた。


「他には何が見つかった?」


「まだ解析中ですが、スマートフォンには隠しフォルダが存在します。ただ、暗号化されていて解読には時間がかかります。」


斉藤は画面から目を離さずに言った。


「急いでくれ。このスマートフォンが、この事件の真相を明らかにする鍵になるはずだ。」


スマートフォンの写真から、斉藤はパーティーの主催者だった大山達也への聞き込みを決意した。彼は大山家の自宅に向かい、門の前に立つとインターホンを押した。


「どちら様ですか?」


しばらくして現れたのは、スーツ姿の使用人だった。斉藤は警察手帳を見せる。


「捜査一課の斉藤だ。10年前の失踪事件についてお話を伺いたい。」


使用人は一瞬戸惑いの表情を見せたが、やがて家の中に通した。豪華な応接室で待つ斉藤の前に現れたのは、大山達也の父親だった。斉藤は改めて名乗り、失踪事件についての聞き込みを始めた。


「息子さんは今どちらに?」


「達也は海外だ。」


冷淡な口調で答える父親に、斉藤はさらに追及する。


「10年前のパーティーで、川村紗英さんという大学生が最後に目撃されています。ご存じですね?」


「覚えていませんね。あの子の失踪と家族に何の関係があるというんだ?」


斉藤は歯噛みしたが、これ以上追及しても有益な情報は得られないと判断し、早々に退出した。


聞き込みを終えた斉藤は、ふと立ち止まり、ある人物の存在を思い出した。


「心理学者探偵、芹沢孝次郎……」


10年前の事件の壁を越えるためには、彼の力が必要だと確信した斉藤は、彼に連絡を取ることを決意した。


「この沈黙を破れるのは、あいつしかいない――」


次回予告


沈黙を選ぶ者たちが隠す真実とは――。

心理学者探偵・芹沢孝次郎が登場し、人々の心の奥底に眠る「沈黙の理由」に挑む!

10年前のパーティーで一体何が起きたのか? 遺体と共に発見されたスマートフォンに残された手がかりとは?

斉藤警部補と芹沢が交錯する捜査の行方、そして真実を巡る心理戦の幕が上がる。

次回、「心理の奥底」――沈黙が崩れるとき、物語は動き出す。


読者へのメッセージ


最後まで読んでいただきありがとうございます!

川村紗英の失踪事件が明らかになるにつれ、物語はさらに複雑な心理と謎が絡み合う展開を迎えます。

心理学者探偵・芹沢孝次郎の冷静な洞察力と、斉藤警部補の真っ直ぐな正義感。この二人の異なる捜査スタイルがどのように物語を切り開いていくのか、ぜひご注目ください。


次回から、さらに深まる人間ドラマと心理戦が描かれます。あなたなら、この「沈黙」にどんな真実を見出すでしょうか?

次回もお楽しみに!



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