第6話 揺れる証言
翌朝、モーテルの一室で目を覚ました斉藤康隆は、外から差し込む薄明かりを確認すると、すぐに頭を働かせた。昨夜の襲撃を振り返りながら、宮田崇が語った話の真偽を整理する。紗英の失踪、大山家の圧力、そして未だに見つからない計画書――全てが繋がるにはまだピースが足りない。
宮田はベッドの端に座り、手を組んで俯いていた。斉藤が声をかける。
「そろそろ本部に戻るぞ。その前に、まだ何か隠してることがあるなら話せ。」
宮田は小さく震える声で言った。
「俺には……もうこれ以上話せることなんてない。ただ……」
「ただ、何だ?」
宮田は顔を上げ、真剣な眼差しで斉藤を見つめた。
「計画書を最初に紗英が見つけたとき、そこには……俺の名前も載っていたんだ。」
斉藤は眉をひそめた。「お前の名前が?」
「そうだ。俺は無意識のうちに、大山家の汚職に協力してしまっていたんだ……。」
宮田の言葉は、これまでの証言を大きく覆すものだった。彼自身も計画に深く関与していた――それは、彼がずっと隠してきた真実だった。
「紗英が俺に気づかせてくれたんだ。俺が何をしていたのか、何を見過ごしていたのか……だから、あの夜彼女に謝った。でも、彼女は『あなたも戦うべきだ』と言ってくれた。」
宮田の声は震えていた。彼は胸の奥に抱え続けた罪悪感を絞り出すように語った。
「だけど俺には無理だった。俺は逃げた。それで紗英を……」
斉藤は宮田の言葉を遮った。「紗英が持ち帰った計画書は、お前に何の罪があるかなんて関係ない。それが失踪と殺人に繋がっているのか、それを確かめるのが俺たちの仕事だ。」
部屋の電話が鳴り、斉藤は受話器を取った。若手刑事からの報告だった。
「斉藤さん、大山家の弁護士が本部に現れました。彼らは宮田崇を『名誉毀損で訴える準備をしている』と言っています。」
「名誉毀損? 何を根拠に?」
「分かりません。ただ、彼らが何かを隠そうとしているのは間違いない。弁護士は、『大山家は事件とは無関係だ』と繰り返していました。」
斉藤は受話器を置くと、宮田に目を向けた。
「お前が出てきたことで、大山家は明らかに焦っている。次に動くのは奴らだろうな。」
宮田は顔を伏せ、かすかな声で言った。
「……俺が計画書を取り戻すべきだったのかもしれない……」
「それを決めるのは、これからの捜査だ。」
斉藤は立ち上がり、拳銃を確認すると宮田に命じた。
「行くぞ。本部でお前の証言を正式に記録する。そして、紗英の失踪に関わった者たち全員を炙り出す。」
二人がモーテルを出ようとしたその時、駐車場に止めた斉藤の車の近くに、一台の黒いSUVが停まっているのが目に入った。車内には二人の人影が確認できる。斉藤は手で宮田を制止し、静かに周囲を見渡した。
「……監視されているな。」
斉藤は冷静に拳銃を握り直し、低く宮田に囁いた。
「裏口から出る。奴らが動く前に本部に戻るぞ。」
宮田は無言で頷き、二人はモーテルの裏手へと回り込んだ。しかし、その先に待っていたのは、SUVから降りてきた一人の男だった。黒いスーツに身を包んだその男は、冷ややかな目で斉藤と宮田を見つめていた。
「斉藤警部補、そして宮田崇。大山家からの伝言です。」
「伝言だと?」
男は淡々と続けた。
「これ以上深入りするなら、全てを失う覚悟をしてください。」
「脅しか?」
斉藤は銃を下ろさずに睨みつけた。しかし、男は笑みを浮かべただけで、背後の車へと戻っていく。
その後、斉藤と宮田は車に乗り込み、スピードを上げて本部へと向かった。車内で斉藤は、自分が追い求めているものの大きさを改めて実感していた。大山家の影響力、襲撃者の存在、そして失踪した計画書――全てが絡み合い、事件はさらに混迷を深めていく。
「これで終わらせるつもりはない。宮田、お前の証言はまだ途中だ。紗英が何を見たのか、それを明らかにするために……」
宮田は静かに頷き、再び唇を噛んだ。
「……紗英のためにも、俺は話すよ。」
斉藤康隆と宮田崇は、捜査本部の一室で向かい合っていた。大山家からの圧力が迫る中、斉藤は宮田の証言を公式に記録しようと準備を進めていた。二人の周囲には、これまで語られてきた断片的な情報が重くのしかかっている。
「宮田、お前が話すべきことはまだ終わっていない。紗英が持ち帰った計画書について、もう少し詳しく話せ。」
斉藤の冷静な声に、宮田は覚悟を決めたように頷いた。
宮田は机の上に両手を置き、声を震わせながら語り始めた。
「あの計画書は、大山家が進めていた再開発プロジェクトに関するものでした。表向きは街を活性化するための計画でしたが、実際には土地の不正取得と、地元住民を追い出すための強引な手法が書かれていたんです。」
「強引な手法というのは?」
「地元住民に圧力をかけるだけでなく、時には暴力団を使って嫌がらせをしていたと記されていました。さらに、再開発の契約には、複数の地元政治家や企業が絡んでいました。汚職の証拠がその計画書には記載されていたんです。」
斉藤はノートに記録しながら、さらに問い詰めた。
「それを紗英はどのようにして見つけたんだ?」
「パーティーの夜、大山達也の部屋に置かれていたんです。彼の父親が別の会議のために持ち込んだものの一部が、その場に放置されていた。紗英は偶然それを見てしまった。」
宮田の顔が苦痛に歪む。
「紗英はそれを読み、正義感からそれを公表しようとした。でも……」
「だが彼女は阻止された、ということか。」
宮田はゆっくりと頷いた。
「その後、大山家の関係者たちは紗英を監視し始めました。彼女が失踪した夜、計画書も一緒に消えてしまいました。それ以来、それを見た者はいないはずです。」
宮田の証言に基づき、斉藤は早速チームを動員し、計画書の行方を追う捜査を始めた。地元の再開発プロジェクトに関わる企業や、大山家の関連施設が次々と捜査対象に挙げられた。
その中でも、ある倉庫が特に注目を浴びた。大山家が所有する倉庫が、その計画書の保管場所である可能性が高いとの情報が入ったのだ。斉藤は捜査チームを率いてその倉庫に向かうことを決めた。
夜間、斉藤とチームはその倉庫に到着した。広大な敷地に無数のコンテナが並ぶ中、斉藤たちは慎重に足を進める。だが、すぐに異変に気づいた。
「妙だ……ここに誰かがいる。」
倉庫内には明らかに人の気配があり、遠くから複数の影が動いているのが見えた。斉藤は小声で指示を出す。
「散開して確認しろ。だが、絶対に気を抜くな。」
捜査員たちが手分けして動き始めると、倉庫の奥から物音が響いた。斉藤はその音を追いかけながら、拳銃を構えた。だが、コンテナの間に入った途端、背後から何者かが現れた。
「動くな。」
低い声と共に、斉藤の背中に銃口が押し付けられた。背後を振り向くと、黒い服を着た複数の男たちが彼を取り囲んでいた。
「警察の捜査だ。貴様らは誰だ?」
斉藤が静かに言うと、男たちは冷たい笑みを浮かべた。
「お前たちが何を探しているかは分かっている。だが、ここで終わりだ。」
一方、捜査本部に残された宮田は、斉藤の連絡を待ちながらも落ち着かない様子だった。彼は自らの手で計画書を確認し、紗英のために真実を明らかにするべきだと感じ始めていた。
「……俺も行くべきだったのか?」
その時、彼の携帯電話が鳴った。表示された番号は非通知。ためらいながら通話ボタンを押すと、聞き覚えのある声が聞こえた。
「宮田先生、あなたの命は危険だ。」
その声は、紗英の失踪に関わった可能性のある人物のものだった。宮田の顔が恐怖で引きつる。
「あなたたちは……まだ俺を追っているのか?」
「沈黙を守るなら命は助かる。ただし、これ以上真実を話すなら――後悔することになる。」
通話が切れると同時に、宮田の手は震えていた。だがその目には、一瞬だけ決意の光が宿った。
倉庫内の緊張が最高潮に達する中、斉藤は男たちの一瞬の隙を突き、素早く身を翻して逃れた。そのままコンテナの奥へと進むと、そこで見つけたのは、埃をかぶった一つの金庫だった。
「これか……?」
斉藤が金庫を調べようとしたその瞬間、背後で銃声が鳴り響いた。男たちが追い詰めてきたのだ。
「くそっ……応援を呼ぶ!」
斉藤は無線を手に取ろうとしたが、男たちに囲まれたままでは状況を打開するのは難しい。だが、その時、倉庫の外からサイレンの音が響き始めた。
「援軍が来たか……!」
男たちはその音に動揺し、次々と撤退を始めた。斉藤はその隙に金庫を確認し、中から一冊の古びたファイルを取り出した。それは、紗英が消える直前に見たという計画書そのものだった。
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