第3話 記憶の断片

夜が明け、まだ薄暗さを残す朝。斉藤康隆は、昨夜の銃声と割れたガラスの音が耳に残る中、大山達也を警察署に連行していた。事件の中心にいる達也から情報を引き出すことが、10年前の真実に近づくための重要な一歩になると確信していた。


応接室に座らせた達也は、昨夜の恐怖の余韻をそのままに、目の下に濃いクマを作りながらも黙り込んでいる。斉藤は机越しに彼を見据え、静かに口を開いた。


「達也さん、昨日の銃撃はあなたを狙ったものかもしれない。そして、あなたが何かを知っているからこそ、誰かが口封じを図ろうとしている。」


達也は怯えた様子で俯き、震える声で答えた。


「……何も知らない。俺は……ただ、昔のことを思い出したくないだけだ……。」


「思い出したくない? それは、あなたが知っている真実が関係しているからじゃないのか?」


斉藤の声に微かな怒りが滲む。だが達也は口を硬く結んだままだった。斉藤は、昨夜手に入れた写真を取り出し、机の上にそっと置いた。


「この写真には、川村紗英と、失踪した教師の宮田崇が写っている。そして、彼女は誰かを指さしている。これが何を意味するのか、あなたには分かるはずだ。」


達也の顔が青ざめた。その目は写真に釘付けになり、言葉を失っている。斉藤はさらに言葉を続けた。


「達也さん、10年前のパーティーで何が起きた? 川村紗英と宮田崇に何があったのか? すべてを話してほしい。」


達也は長い沈黙の後、消え入るような声で呟いた。


「……あの夜、俺たちは見てしまったんだ……」


過去の記憶が蘇る


達也の語る記憶は、10年前の夏の夜に遡る。地元の有力者である大山家の高級マンション。その一室で開かれた大学生たちのパーティーには、華やかな笑顔と高揚感が溢れていた。だがその裏では、ひときわ異質な空気が漂っていたという。


「紗英は……何かを知っていたんだ。俺たちが気づく前に、あいつは部屋の隅で何かを見つけたみたいだった。」


達也の声は震えながらも、その夜の記憶を掘り起こすように続けられた。


「それは……宮田先生が持ってきた資料だった。何かの計画書みたいなものだったと思う。でも俺たちには分からなかった。ただ、紗英はそれを見て顔色を変えていた。」


「宮田崇が持ち込んだ計画書……? それは何についてのものだったんだ?」


斉藤が食い入るように尋ねるが、達也は首を振る。


「分からない。紗英は『これはおかしい』って言ってたけど、それ以上は何も……。宮田先生も急に慌ててた。」


達也は当時の緊張感を思い出したかのように額に手をやり、深く息を吐いた。


「その後、紗英と宮田先生は別の部屋に行った。俺たちはただ……見ていただけだったんだ。でも……数十分後、あいつらが戻ってきたとき、紗英はすっかり怯えた顔になってた。」


沈黙の始まり


「その夜、何が紗英を怯えさせた?」


斉藤が畳みかけると、達也は肩をすぼめて答えた。


「知らない……本当に知らないんだ。でも、紗英はその後すぐに帰るって言い出して……それっきり姿を見なくなった。」


「そして、宮田崇も翌日から行方をくらませた。」


「そうだ……でも、俺たちには分からない。ただ、あの夜のことを誰にも話すなって全員に言われたんだ。誰からだったのかも分からないけど……俺たちは怖かった。」


「誰かからの圧力か?」


達也は黙り込み、ただ写真を見つめた。その表情からは、10年間押し殺してきた恐怖が垣間見えた。


「達也さん、その『誰か』が誰だったのか、もう一度思い出してくれ。」


斉藤が強く言うと、達也はかすかに首を振りながら呟いた。


「それが分かっていれば……俺だってこんなに怯えずに済んだ……」


芹沢の視点:沈黙の心理を解く


その頃、芹沢孝次郎は自らの研究所で、達也が語った内容を斉藤から電話で聞いていた。彼は沈黙を貫く人々の心理を読み解きながら、こう結論付けた。


「彼らはただ恐怖に囚われているのではなく、『恐怖を共有している』状態にありますね。」


「共有……どういうことだ?」


斉藤の問いに、芹沢は静かに続けた。


「例えば、犯罪を目撃した場合、人はその記憶を消し去るために沈黙を選びます。しかし、それが複数人で共有された場合、その沈黙は連帯責任として機能し始めるのです。つまり、彼ら全員が何かを隠し、それを互いに守ろうとしている。」


「じゃあ、その中心にいるのは?」


芹沢はわずかに微笑みながら答えた。


「それを知るためには、恐怖の原点――『宮田崇』を見つける必要があるでしょう。」


新たな展開:宮田崇の影


芹沢の言葉に背中を押された斉藤は、捜査の方向性を固めた。川村紗英の失踪事件の鍵を握る人物、それは間違いなく宮田崇だ。だが、その居場所や消息は10年間謎のままだ。


「宮田崇……今どこにいる?」


その問いの答えが、斉藤の中で一つのゴールとなりつつあった。そしてその瞬間、捜査本部に電話が入る。


「斉藤さん、宮田崇の可能性がある人物が目撃されています!」


捜査は、過去と現在が交錯する新たな局面を迎えようとしていた。

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