第2章6 『あの時の感覚は何であったか?』

 蔓延する熱が肌を焦がす。

 ジリついた緊迫感と吹き荒れる赤猿の威圧と戦意が水樹の精神を疲弊させる。

 静流は蒼穹の双眸を輝かせて神力の出力を全開にして相対している。

 ギリッと水樹は歯噛みし、己の無力さを嫌という程に痛感する。

 攻めも守りも静流が主となっている今、水樹という存在は明らかに足手まといでしかない。

 彼女は何も言わないが、水樹は自覚していた。

 素人にも劣る剣術と体捌き。動体視力に関しても並程度。もはや戦いに付いて行く事すら困難だ。


「どうした、坊主! そんなんじゃ、死んじまうぞ!」


「っ――――!」


 赤猿の一撃が迫る。

 が、間一髪で間に割り込んだ静流が弾く。


(コレで何度目だよ。いつまで守られっぱなしだ!)


 内心で水樹は毒吐く。


「水樹、怪我はありませんか!」


「……ありがとう。大丈夫だよ」


 ジリ貧だった。

 静流の力があるから何とか戦いとして成り立っている。だが、赤猿と水樹たちの間には圧倒的な実力に差があるが故に、水樹たちは詰将棋のようにジワジワと追い詰められている。


「弱い、弱い弱い弱い――弱いッ!」


 赤猿が怒りの形相で吼えた。


「何という体たらくだ! ここまで追い詰められても尚、一矢報いようという気概すら感じねぇ! 嬢ちゃんは兎も角、坊主だよ!」


 赤猿は水樹を睨みつけながら続ける。


「諦めか? それとも嬢ちゃんなら何とかしてくれるとでも思ってんのか? だったら実に愚かだ。何よりも坊主を選んだ嬢ちゃんが哀れでならねぇよ」


「ッ!?」


「何だ、怒ったか? いや、図星だったから反論しようとでも思ったか?」


 ガンガンと棒で地面を叩きながら、赤猿は静流へと視線を移す。


「悪い事は言わねぇよ。坊主は諦めた方が利口だ」


「……それを貴方に言われる筋合いはありません。わたしは水樹を選んだ……そこに間違いはないと信じています」


「かぁ~、お熱い事で。なるほど、嬢ちゃんの魂に焔は宿っているか。じゃ、あとは手前だな?」


 赤猿が再び棒を構える。

 水樹は困惑する。

 死ねだの、簒奪するだの、何だかんだと過激な事を口にしていた赤猿だが、そこに本気さは感じないのだ。いや、戦闘の姿勢は本気だろう。

 しかし、赤猿はやけに声を掛け、諭すような台詞回しをする。


「……アンタ、何を考えてんだよ?」


「あぁ? 何って、手前の権能を簒奪する算段だが?」


「違う、そうじゃない。アンタの言動はまるで――」


「おっとそれ以上は野暮ってもんだ。だが、それは手前の勘違いの可能性だってあるぜ、坊主」


「それは……」


「細かい話はどうだっていい。手前はオレを退ける為に全力を尽くせばいいだけだろ?」


 赤猿の言う通りだった。

 こんな問答をしたところで意味は皆無だ。

 水樹は波斬を両手で構える。


「……しっかし、これが本当に神を退けたヤツなのかね?」


 赤猿は不思議そうに言う。


「まあ、いい。足掻け足掻け。それだけでオレはオレで楽しめるからな!」


「こなクソが!」


 神様、婚約者、神力――少しの間に劇的に変化した環境の中で水樹の情緒は荒れていた。

 ただ、それでも静流の事を悪く言う気はない。

 彼女は一途に水樹を想っているのだから――それに応えないといけない。そうでなければならない。


(思い出せ、静流のお父さんと相対したあの時の感覚を)


 あの日に感じた感覚は人を超越したものだった。

 今の水樹はそれを引き出せていない。

 それさえ、引き出す事ができれば……。


(どうすればいい?)


 赤猿と視線を交わしながら、水樹は表情を険しくした。

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