第3章1 『夏休み明けの教室にて』
「水樹、いってらっしゃい」
既に新妻染みた静流に見送られ、キーコーキーコーと水樹が自転車のペダルを踏み込むこと約30分。
踏切を超えて直ぐの坂を上り切ったところに佇む校舎が水樹の通う高校だ。
正門で待ち構える校長へ対して敬礼で朝の挨拶をし駐輪場へ自転車を停める。そして、下足場へ向かって上履きに履き替え、階段を上る。2階にある教室が水樹の所属するクラスだ。
ガラリと教室の引き戸を開け放つと、既に登校していたクラスメイトたちの視線が一気に水樹へ集中した。
(あー、やっぱり広まってるよなぁ……)
どうやら静流の話は既に広まってる様子。
男子からは嫉妬と羨望、女子からは好奇と興味の眼差しがあった。
「さあ、話を聞かせてもらうんばい!」
口火を切ったのは祈だった。その隣には朱華の姿もあった。
水樹は「どうしたものか……」と考えを巡らせながら、自身の机に鞄を置く。
「あの美神さんは誰なん? 今日という今日こそは逃さんき?」
「鼻息荒いなぁ……」
「鼻息も荒くなるばい。まさかまさかの伏兵やったきね」
「……伏兵?」
水樹が首を傾げると、隣の朱華が少々慌て気味に祈を止めに入る。
「こ、これ以上は止めてね?」
「いやいや、その奥手が今の状況を生み出しちょんやろ? 緩めたらいかんばい」
「そ、それは……」
目の前でコソコソ話し始める2人に水樹は再び首を傾げる。
さて、1人が口火を切れば後はどうなるか。
此処にいるのは思春期真っ只中の高校生。次から次へと人は群がってくる。
「婚約者ってどういうこと!」
「馴れ初めは?」
「どこまでもいったんだよ!」
「写真ないの? 見せて見せて」
と、まあ来るわ来るわのクラスメイト。
水樹もあまりの勢い圧倒されて目を回しそうになる。
「はいはい、一気に集るな」
パンパンと手を叩きながら制止を促したのは花恋だった。その後ろのは彼氏の帝も立っている。
「花恋の言う通りだ。それに雨柳も困ってるじゃないか?」
帝のアシストもあり、クラスメイトの口撃が止む。
ようやく落ち着きを取り戻した教室に水樹はほっと胸を撫で下ろす。
「助かった」
クラスメイトたちがそれぞれ散った後に水樹はボヤいた。
が、いつも一緒にいるメンバーである者たちは散る事なく水樹の周りに立っていた。
「まあ、実のところアタシも気になるところなんだけど?」
「うん、それは俺も一緒かな?」
花恋と帝の言葉に水樹は引き攣った表情を浮かべる。
「と、とにかく放課後にでも聞かせてもらうからね!」
ふんすふんす、と鼻息荒く宣言する朱華。そして、どうどうと馬をあやすように彼女を宥める祈。
こうなる事はわかっていたものの、少々面倒くさく思いつつある水樹ではあった――と、とある事に気づいた。
「……あれ? 酒匂は? アイツがいの一番に突っ込んで来ると思っていたんだが?」
謎の非モテ同盟の一員にされていた事もあり、絶対にうるさいだろうと思っていただけに、少しだけ水樹は肩透かしの気分ではあった。
「ああ、酒匂は遅刻だね」
帝曰く、寝坊との事。それはそれで助かったと水樹は思った。
しかし、夏休み明け早々に遅刻とは、ある意味で気合が入っていると言えるかも知れない。
「朱華も言っちょったけど、放課後楽しみにしとくんばい」
悪い笑みを浮かべながら祈も宣言する。
「はぁ、はいはい、わかってるさ。まったく……」
半ば諦め気味に水樹は答えた。
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