第2章10 『神様に常識を求めてはいけない』

 結界が完全に崩壊した後は大変どころの話ではなった。

 公園内は地は抉れて、炎は揺らぎ、所々で水たまりができ、近くを通り掛った人が全員ギョッとしていた様子は水樹の記憶に深く刻まれたものだ。

 さて、全国ニュースでは大々的に取り上げられるほどの大騒動になってしまった今回の件。

 原因不明の大事件。警察と専門家も首を傾げる謎減少。

 その詳細というか原因を知っている水樹としては肝を冷やしたどころの話ではなかった。

 監視カメラとかその他諸々の不安が在ったのだが、静流曰く「そのあたりは気にするしなくても大丈夫です」との事。流石は神様アフターケアもバッチリ……なのだろうか?


『これだけ地面が抉れて、周囲の火災状況から考えれば大きな衝撃などが考えられます』


『ところが誰も爆発音などの異変を感知していないのですよね?』


『はい。それが今回の事件の不思議なところ――』


 赤猿襲撃から数日。夕方のワイドショーで取り上げられ、出演者のコメントも総じて「謎ですねぇ」に帰結する流れを眺めながら、水樹と静流はリビングで茶を啜っていた。


「確かこの日は水樹と静流ちゃんがデートに行った日でしょ? 大丈夫だったの?」


 パートから帰宅したばかりの美波がテレビを見て口を開く。


「ま、まあ、結果としては大丈夫だったな」


 本当に結果として大丈夫だっただけに、水樹としては何とも言えない気持ちではある。そして、口が裂けてでも件の事件に関わっているとは言えない。


「ですが、こんなに大騒動になるとは思いませんでしたね?」


「……寧ろ、騒動にならない方が問題でしかないレベルでボロッボロのボッコボコだったからな?」


「神同士が争った割には軽微だと思いますが……」


「ウン、ソウカモシレナイネー」


 一度、人間社会の常識を教える必要がありそうだ――と、水樹は思う。


「ところで筋肉痛は大丈夫なのですか、水樹?」


 静流の問いに水樹は頷く。

 事件の翌日。

 水樹はこれまでに経験した事の無い筋肉痛に陥った。それもその筈、普段運動不足の人間が超人染みた動きを行ったのだ。ならない方がおかしいまである。寧ろ、筋肉痛で済んだだけ奇跡かも知れない。


「多少は痛むけど、だいぶマシになったよ」


「全く、ちょっと出掛けたくらいで筋肉痛って我が息子ながら情けないわ~」


 美波の口撃に水樹は口を閉ざす。

 馬鹿正直に「神との殺し合いしてたんです」とも言えないので、美波の認識は「デートに出掛けただけで筋肉痛(笑)」である。

 一応、静流による「水樹も頑張ったんですよ?」の口添えはあったが、たぶん認識は変わらない。

 そして、この話題ネタは一生美波によって擦られ続けるだろう。


「そう言えば、斜め前に空き家があったでしょ? あそこに今日から新しい人が入居してるのよ」


 美波が言う。


「へー、こんな辺鄙な場所にわざわざご苦労様だな」


「辺鄙ってアンタねぇ……。さっき顔を合わせたら『あとで挨拶に行きます』って言ってたわね。随分なワイルド系のイケメンだったわよ」


 水樹としては「ふーん」くらいで聞き流していた。

 ご近所付き合いが濃いこの田舎であれば、嫌でも顔を合わせる事もあるので慌てる必要もないと思っていたのだが……。


 ピンポーン――と、来客を知らせる呼鈴が鳴った。


「あら、噂をすればかしら? 水樹、アンタ出てきなさい」


「えぇ……」


 無理矢理、来訪者の応対を押し付けられ、水樹は玄関へとのそのそと歩いて行く。

 そして、玄関の扉を開け放った。


「はいはい、どちら様ですか――」


「よぉ、坊主。これからご近所さん同士仲良くしようや?」


「………………えぇ?」


 扉を開けた先に居たのは美波の言っていたワイルド系イケメン――赤猿だった。


「そう警戒すんなって。別に取って喰いやしねぇよ。ま、オレの直感が囁くのさ――手前といたら退屈しないってな? つーことで引っ越して来たわけだ」


「…………マジかよ」


 水樹は肩を落として項垂れる。

 と、後ろから静流も顔を出す。


「身に覚えのある気配を感じて身に来たら、やっぱり貴方でしたか」


「よお、嬢ちゃん。これからご近所付き合いもよろしく頼むぜ」


「貴方の噂はいろいろ聞いていますので、何か言うつもりはありません。ですが、水樹に手を出したら本当に許しませんから」


「わーってるて、オレとしてはいつでも大歓迎なんだがな?」


 さわやかスマイルで告げる赤猿。


「水樹、何やってるのって――あら、先ほどはどうも?」


 水樹の戻りが遅いかったのか、美波が玄関までやって来た。


「どうも、お姉さん。いやあ、息子さんとは知り合いだったもんでねぇ、ついつい話し込んじまったっスよ」


「あら、そうだったの? 知り合いなら晩ご飯食べてく?」


「お、そいつはありがたいねぇ。そんじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますわ」


 美波は「ささ、どうぞ~」と赤猿を家の中へと招き入れていく。

 静流は困った面持ちではあったが「まあ、大丈夫でしょう」と家の中へと戻って行く。

 一人残された水樹は眉間に皺を寄せて愚痴を吐く。


「神様って非常識だ」


 神様に常識を求めてはいけない。

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