第3章9 『神と人間』

 神力とは神が有する力であり、それを用いる事で権能を行使できる。

 そんな力の一端を水樹は有していた。

 しかし、その結果は散々なものであった。

 水樹は出血で意識不明の重体、朱華は水蛇によって連れ去られ、残された4人は動揺をしながらも何とかその場を乗り切った。

 現在、此処は何とか山を乗り切り眠っている水樹の病室。そして、その場には現場に居合わせた4人と静流と赤猿が残っていた。


「――結界を張ってからの襲撃。オレたちに感知されない程度に抑えて、最後にだけ一気に放出して打ちのめす。全くイヤらしい事この上ねぇな」


 病室の壁に背を預けながら赤猿は吐き捨てるように言う。


「気付いて現地に到着した時は全てが終わった後。更には連れ去りですか……」


 静流は難しい表情を浮かべながら、口を開く。

 結界の影響で近辺の防犯カメラには何も映っておらず、表向きには手掛かり無し。しかし、水樹の重傷具合と4人の証言からも警察としては事件として捜査はしているが無意味である事は必然だった。

 あまりにも相手が悪過ぎる。


「現状は神隠しだ。それこそ、その朱華って嬢ちゃんは神界に連れて行かれた事は間違いねぇ」


「そうですね。ただ水蛇の領地へ殴り込むにしても、人間の連れ去り程度・・・・・・・・・では理由としては弱過ぎます」


 人間の連れ去り程度――静流のその発言に怒りを顕わにし噛みついたのは祈だった。


「程度? 程度って何ばい!」


 祈りは静流へ詰め寄り、胸倉を掴みかかる。


「連れ去られて何されるか分からないのに、程度って何様なん!」


「……何様と言われても、神です――としか答えられませんね」


 あくまでも冷静に淡々と静流は告げる。

 少なくとも仁、花恋、帝の3人は、祈の気持ちは痛いほどわかる。同時に静流の発言への憤りも同じだ。

 だからこそ、ジーっと3人は静流を睨むような視線を向けていた。

 当然、静流もそれには気付いている。それでも神としての認識を違えるワケにはいかなかった。


「わたしは朱華さんが連れ去られたことに対して仕方ないと思ってはいません。寧ろ、わたしとしても腸が煮えくり返るくらいには怒っていますので」


 そう言って、静流は眠っている水樹へと視線を向ける。


「今すぐにでも仇討ちをしてやりたい気持ちもあります。ですが、一介の神が他の神の領地へ攻め込むには理由が弱過ぎるのです」


「ま、嬢ちゃんの言い分としちゃアレだ。神にとって人間とは下の存在であり、その扱い方に口出しはできない。それこそ、連れ去ったのなら朱華という嬢ちゃんの所有権は水蛇にあるってこった。相手の所有物を取り返すなんて言わば泥棒みたいなもんなんだよ」


 赤猿の捕捉は人間である祈たちにとっては理解し難いものであった。

 人間が神より下である事は、まあ理解できる。しかし、連れ去っただけで所有権が付く意味が理解できなかった。


「ウチ等は神にとって道具とでも言うん!」


「……少なくとも大多数の神は人間を道具として見ているでしょうね」


 静流のその言葉に祈は膝を着く。


「あの神は孕み袋にするって言っちょた。朱華はどうなるん?」


「…………」


 祈の問いに静流は瞑目して口を閉ざす。

 重い空気が病室に立ち込める中、「ううう……」という呻き声と共に眠っていた水樹が意識を取り戻す。


「水樹!」


「んあ? あ、ああ……静流?」


 寝たままに水樹は静流の声がした方へ顔を向ける。


「気分はどうですか?」


 その問いに水樹は沈黙する。

 そして――、


「――最悪な気分とでも言ったら良いのか? 雰囲気とこの場にいる人を見て、何が起こっているのかは察しが付くけど――状況を把握したいんだ。話をしてほしい」


 腹部の痛みに顔を顰めつつ上体をゆっくりを起こしながら、水樹は言った。

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