第3章8 『足りない実力』
自身以外を守りながら戦う。それが如何に難しいものか――水樹は身を持って体感していた。
隙あらば水蛇の鞭が後方の5人の誰かへと伸ばされ、その度に斬り伏せる。だが、それにより自身の守りが薄くなり攻撃の直撃を受ける事になる。
数分も経てば水樹の身体はボロボロになり、着ている服にも血が滲む。呼吸も肩でするように荒い。
そんな姿を見て歓喜の声を上げるのは――水蛇だ。
「どうしたんだい? まだまだ、ボクは本気じゃないんだけど? この程度でそんなんじゃ守りたいものも守れないんじゃないかな?」
挑発、嘲笑、侮蔑――様々な感情が入り混じった声音で水蛇は水樹へ向かって言う。
絶対的に有利な状況下、負けはないと確信している水蛇に水樹は奥歯を噛み締める。
元は静流の婚約に対する襲撃だったのかも知れないが、明らかに目的が変化しているように水樹は感じていた。
(……完全に俺を痛め付けるだけの襲撃だ。どうやって楽しむかしか考えてねぇ)
神は気まぐれ。
そして、神は全員が善性を有しているワケではない。いや、そもそも善悪の分別が人間とは異なるのかも知れない。
水樹は痛む身体に鞭打ち、波斬を構える。
赤猿とのトレーニングもあり、波斬の維持もできるようになっていた。それだけ神力を操る事ができるようになった証ではあるのだが……。
(まだ、足りてない……)
水蛇と相対して判る。
圧倒的に実力が足りていない。
相手が神だからではない。水樹自身があまりにも弱い。蒼穹眼による身体強化を含めても足りていない。
「君のような人間風情が神の領域へ足を踏み入れる蛮行は許し難いのだけど……」
水蛇はチロリと舌舐めずりしてから水樹の後方――朱華へと視線を向ける。
「彼女を渡してくれるなら見逃そう」
「……ふざけんな! 誰が渡すかよ!」
「うーん、その方が賢明だと思うんだけどねぇ?」
一瞬だった。
水樹の眼前に水蛇の姿が在った。
「手加減はおしまいだよ」
「っ――――!」
瞬きの間、水樹の腹部を狙った水の斬撃。
寸でのところで回避行動を取る水樹だったが、横腹を切り裂かれる。
流血。決定的な痛手となった。
「雨柳君ッ!」
朱華が思わず叫ぶ。
他の4人も顔色がみるみる悪くなる。
「水を司る神である以上、基本的な神力の行使はできる。寧ろ、君のような神とも人ともわからない半端者には理解できないだろう。まあ、何よりも――」
横腹を押さえて立つ水樹に一瞬で肉薄し、水蛇は蹴り飛ばす。
「――君の身に宿る水神の力が実に気に食わない。波斬の継承も含めても気に食わない。龍水殿は何かを察しているようだが、所詮は人間だろうに。その刀は君には過ぎた獲物だ」
蹴り飛ばされた水樹がアスファルトを数度転がる。手にしていた波斬は霧散し消滅。
ピクリとも動かなくなった水樹。その腹部からの出血により血溜まりが出来上がる。
「さて――、」
水蛇はジロリと朱華へと目を向ける。
「さあ、選び給え。このボクと共に来るか? それとも無様に転がる彼を殺されるか? ボクは君の選択を尊重するとも」
邪悪な表情を浮かべながら、水蛇は朱華へ向けてそう告げた。
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