第3章7 『防戦一方』

「その程度なのかい? よくもそれで神の婚約者を名乗る事ができるじゃないか!」


 挑発するように水蛇は言葉を吐き、水の鞭を振るう。

 水樹はそれらを何とか斬り伏せているが、少しづつダメージが蓄積していた。


(コイツ、ジワジワと……)


 水樹に与えられる攻撃のそれらは一撃は大した事のないもの。痛くはあるが、耐えれないほどのものではない。それがあまりにもイヤらしい。

 少しづつ体力を消耗させる、それこそヘビが獲物を絞め殺すような――。


「何が起こってんだよ!」


 近くにあった物陰に隠れながら仁が叫ぶ。


「それはアタシも知りたいんだけど?」


「それを知っていそうな水樹があんな感じだけどね?」


 花恋の言葉に、額に脂汗を滲ませながら帝が言う。

 突然の襲撃は兎も角、友人である水樹が何処からか刀を構えて交戦し始めるとなれば混乱も必然だ。

 更には、人間離れした動きをしているのなら尚更である。


「な、何が起こっちょるんか?」


「それはわたしも聞きたいよ、祈ちゃん」


 祈も朱華も困惑を隠せない。

 少なくとも聞こえてくる水樹と水蛇の会話から静流関連である事は察しがついていた。


「どうした! 神力を用いても防戦一方かな?」


「くっ……鬱陶しいッ!」


 水樹は左右に飛び跳ねながら鞭を躱しつつ、直撃するものだけを波斬で斬り伏せる。

 余裕の表情で数多の鞭を操る水蛇はニタニタと笑みを浮かべている。

 明らかに遊ばれている事が分かるだけに、水樹としては苛立ちを覚えてしまう。が、舐められているのならば付け入る隙があると言うもの。

 水樹は動き回る無数の鞭の僅かな隙間を掻い潜るように、一気に水蛇へと詰め寄る。


「ほう? やるじゃないか」


「言ってろ!」


 あくまでも余裕の姿勢を崩さない水蛇に、水樹は刃を振りぬく。

 しかし――、


「っ――!」


 ガキィンという音が響く。

 水樹の振るった波斬の刃は水蛇に届く数センチ前で何かに遮られていた。


「神力は防御にも使えるものでね。一部に集中する事によってこのように敵の攻撃を遮る事もできるのさ」


 ――と、水樹の腹部に重たい衝撃が奔る。


「鞭だけがボクの武器じゃなくてね。素の神力を打ち出す事だってできるのさ」


 口から大量の空気を吐き出しながら、水樹はくの字に身体を曲げ宙を飛ばされる。そのままアスファルトの上を数度転がり、電柱へと背を打ち付ける。

 全身に痛みは奔ったものの、水樹はフラフラと身体を揺らしながら直ぐに立ち上がった。


「へえ、意外にも根性はあるんだ?」


「赤猿には毎度ボッコボコにされているからな、これくらいなんともねぇよ」


 口元から血を垂らしながら吐き捨てるように水樹は言う。

 しかし、そんな光景を見ていた一般人である朱華たちは唯々絶句していた。


「雨柳君ッ⁉」


「ちょ、朱華! 飛び出したらダメばい!」


 直ぐにでも走り出そうとする朱華を抑え込みながら、祈は言う。


「マジで、何が起こってんだよ? いつから人間ビックリショーになったんだ?」


「仁、うるさいから」


「落ち着いて花恋。それよりも水樹がピンチだ」


 ピンチとは言っても何かが出来るワケではない。ただ、目の前で友人である水樹が戦っている様子を眺める事しかできない。


「さて、少々遊びが過ぎた。こちらとしても君を葬ることはできるのだけど、どうせなら徹底的に絶望を刻んだ方が楽しいだろう?」


 水蛇がそう言ってジロリと物陰に隠れている5人へと視線を向けた。


「ああ――美味しそうな雌もいたんだったね」


「……アイツらに手を出すなよ!」


「それは無理な相談だね!」


 水蛇が動き出すと同時に、水樹も動く。

 瞬く間に5人が隠れている物陰の前に水蛇の姿が現れる。しかし、水蛇を阻むように水樹が間に割り込み波斬を横へ薙ぐ。


「おっと……」


 水蛇が飛び跳ねて後退する。


「雨柳君!」


「西野、そこから絶対に出るなよ! 4人もだ」


「何が起こっちょん?」


「それはこの状況を打開できたら説明する」


 水樹は波斬を構えながら答える。

 目の前の水蛇はニタニタと笑みを浮かべながら口を開く。


「さて、君は後ろの5人を守りながら戦えるのかな?」


「さあ? どうだろうな」


 額に脂汗を滲ませながら、水樹は吐き捨てるように言った。

 

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