第3章23 『とある精神世界、湖畔での語らい』
全身へ奔る激痛に意識を明滅させながら、水樹は地へと転がった。
不意を突かれた形による攻撃。辛うじて波斬を手放さなかったが、地に伏したままそのまま意識を落としてしまった。
しかし、意識を失ったにもかかわらず暗闇の中で水樹の意識は揺蕩っていた。
何処からか声が聞こえる。
『苦しいか?』
それはいつか聞いた懐かしい声。
『痛いか?』
それは最近、脳裏を過ぎった優しい声音。
『諦めるのか?』
その声は水樹に問い掛ける。
水樹は「いや――」と否定の声を叫ぼうとした。だが、声が出ない。
しかし、その声の主は満足そうな声で言う。
『ああ、そうだ。お前は諦めない。何故ならば、水樹は儂の孫だからの』
その言葉と同時に水樹がハッとした瞬間――暗闇だった風景は見覚えの無い何処かの湖畔の風景に移り変わる。
「――どうやら厄介事に巻き込まれておるようだ。まあ、座りなさい。疲れておろう」
湖の波打ち際でキャンピングチェアに腰を下ろしながら告げたのは1人の老人。その老人の顔を見て、水樹は目を見開きワナワナと口を震わせながら言葉を紡ぐ。
「曾、爺ちゃん?」
「ふむ、儂は水樹の曾爺ちゃんじゃ」
「……此処は?」
「波斬に残された儂の意識の断片じゃ。暇だった故、湖畔を創造しスローライフを満喫しておった」
そう言って水樹の曾祖父である雨柳蕪村は豪快に笑う。そして、いつの間にか蕪村の隣に在ったキャンピングチェアへ腰を下ろすよう水樹を促す。
一体何が起こっているのか分からず、言われるがままに水樹は腰を下ろした。
「さて、現実の水樹は非常に大ピンチのようだ。今の水樹は意識だけの存在。そして、此処と現実の時間は乖離しておる。故に心配は無用だ。しかし、このままでは水樹は負けるがの」
「……どうして?」
「ふむ、そもそもの地力が違い過ぎる。幾らあの赤猿がテコ入れしたところで補えぬものよ。それに――水樹はまだ波斬を完全に理解できておらぬようだ」
マグカップに熱々のコーヒーを注ぎ入れ、蕪村は水樹へと差し出す。
「儂の力を色濃く引継ぎ、時と共に神力は水樹の特色を得ていった。波斬は儂が与えた権能ではあるが、儂が源流である故に親和性は問題ない筈じゃ」
差し出されたマグカップを手に取り、水樹は一口飲む。
「どうじゃ、美味いじゃろ?」
「ああ……美味しいよ」
「それもそうじゃ、なんせ儂の出汁じゃからの」
「ぶっぅぅうううううう!」
トンデモ発言に水樹は思い切り口に含んだものを吹き出す。
「冗談じゃ」
「冗談にしては質が悪いんだけど?」
口元を拭いながら水樹は非難を込めた視線を蕪村へと突き刺す。
「そんな剣呑な目を向けるでないわ。さて、水樹に波斬を与えた理由は別にあるのだが――今は目の前の問題を解決するのが先じゃの」
そう言って、蕪村は立ち上がる。
「波斬の権能は水分を吸収するのではない。水そのものを自在に操る――それこそが波斬の権能じゃ」
いつの間にか蕪村の手に波斬が握られている。
「自在に操る――それは刀身に纏わせるだけに非ず。文字通り、水を操るのだ」
そう言った瞬間、蕪村を取り囲むように水泡が数多に顕現する。
「その強度も、質量も自由自在。これが波斬じゃ」
「……」
「さて、この語らいも有限故、最後に水樹へ曾祖父からのプレゼントじゃ」
そう言って蕪村は水樹の頭に手を乗せる。
「一度きりの手助けじゃ。これで力の本流を感じ取るんじゃ」
「曾爺ちゃん!」
「行け、我が孫よ。女に悲しい顔をさせるのは男として3流以下じゃぞ!」
世界が歪む。
湖畔は消え失せ、黒い帳が落ちる。
「分かってるさ、ああ――分かってる」
意識が浮上する。
瞬間、水樹は身体全身から威圧感を膨れ上げながらゆっくりと立ち上がった。
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