第3章24 『ご都合主義でも神様相手なら許される』

「――一体、何が起こったのか聞いてもイイかな?」


 訝しげな表情を浮かべながら水蛇が問う。

 水樹はゆっくりと立ち上がりながら、小さく息を吐く。

 身体の奥底から水のように湧き出る神力。これが蕪村が一度きりの手助けとしたものなのか――水樹はその力の本流に身震いしながら水蛇へと顔を向けた。


「波斬に残された遺言を受け取っただけだよ」


「……遺言?」


「ああ、まったく曾爺ちゃんは流石だな!」


 水樹が地を蹴った。

 それは正しく一瞬の煌めき、水蛇の間合いを一気に詰めた。


「なっ――⁉」


「ご都合主義って言ってしまったらアレだが、神様だって傍若無人なんだ。これくらい許されてもいいだろ?」


「戯言をッ!」


 水蛇が灰渡羅を振るう。

 振るわれ波打つ鞭を、水樹は波斬で弾こうと振るう。


「馬鹿めッ! 絡め捕ってくれるわ!」


 水蛇が叫ぶ。

 だが、水樹は祝詞を紡いだ。


「――――一刀にて、我が決意を示し、その意志を貫こう!」


 ――波斬の権能は水分を吸収するのではない。水そのものを自在に操る――


 認識してしまえばあとはイメージがものを言う。

 刀身に水を纏わせる。纏わせる水はウォーターカッターの如く常に加圧している状態、更に神力をプラスする事でその切れ味は加速する。

 波斬の刀身が灰渡羅と衝突する。

 水蛇は絡め捕れたと確信していた――しかし、その確信は脆くも崩れ去る。


「打った斬れろッやァァァ!」


 水樹の雄叫びと共に、波斬は灰渡羅諸共振り斬った。

 水蛇は驚愕する。

 自身の灰渡羅が斬られたのだ。驚かないワケにはいかない。


「ば、バカなッ⁉ それは水を吸収するだけのものだった筈だ」


「俺もそう思っていたんだが、波斬こいつの権能は『水そのものを自在に操る』というもの。大気中の水分含めてあらゆる水を操るものだった。水を吸収するのはその一端に過ぎなかったって話みたいだったよ!」


「ふ、ふざけるな! 君はボクに無様にボコボコにされる運命だった筈だ! 彼女を助けに来た君を目の前で血祭りにあげて、絶望を刻み込んだうえで心を折った後に楽しむ算段が台無しじゃないか!」


「ふぅ、やっぱり俺にとってアンタは絶対に許されないって事だけはハッキリしたよ。調子に乗ってイキっているように見えるかも知れないが、言わせてもらおうか! さあ――懺悔の準備はできているか!」


「懺悔? 神であるボクが人間如きに懺悔しろと? ふざけるな、ふざけるな――この人間がァ!」


 大きく後方へ飛び退いた後に、水蛇から放たれる気配が膨れ上がる。


「神力開放。赤猿だけの特権じゃあないんだよ!」


 水蛇は叫ぶ。

 そんな様子を見ている赤猿は「うわー、オレの二番煎じダッサー」と馬鹿にするような口調で吐き捨てていたのだが、そんな事は水蛇が知る由も無い。

 本来であれば慌てふためく状況ではあるが、今の水樹は落ち着いていた。


(今回限りの手助け――本当にありがてぇよ)


 正面に波斬を構え、水樹はジッと水蛇を見据える。


「死んでしまえよ、人間!」


 水蛇が力任せの突撃を実行する。

 直撃すれば普通の人間ならその五体の悉くが四散してしまうだろう。当然、視認すらできない。

 だが、今の水樹には全てが見えていた。

 それはスローカメラで見るようにハッキリと明確に見えていた。

 水蛇の突撃を一歩横へ逸れる事で完全に回避する。そして、擦れ違いざまに――一刀を降り抜いた。


「――あ?」


 その間の抜けた声と共に、水蛇の身体が地に沈む。


「今回限りの手助けがあっただけなんだけど、悪く思うなよ。この勝負――俺の勝ちだ」

 

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