第3章25 『罔象女神』
「ま、及第点と言えるか」
赤猿は満足気な様子で言い、水樹へと向かって一歩を踏み出す。
「ほれ、嬢ちゃんも来な」
「は、はい」
赤猿に促され、朱華もその後を追う。
「運が味方をしたような感じだったが、勝ちは勝ちだ。一先ずはお疲れさんとでも言っておこうか」
赤猿は水樹へそんな言葉を掛けて、気絶している水蛇を一瞥する。
「この結果はコイツの慢心が生み出したもの。そもそも、
やれやれ――と赤猿は呆れ気味に首を振る。
そんな事を言っている赤猿。しかし、事実を紐解けば水蛇への加勢は迫っていた。だが、大広間までの道中にて赤猿が全員沈めていただけであり、
そんな事を口にする気は毛頭ないので、それを知るのは赤猿のみである。
「――雨柳君……」
「ん、よお西野。怪我は無いか?」
波斬を霧散させ、水樹は朱華にそう問う。
「うん、何も無いよ。わたしは雨柳君か助けに来るってわかってたから」
「その信頼が何処から出て来るのかは不思議だけど、西野の期待に答える事ができて良かったよ」
「よーし、和やかな状況下で悪いんだが――」
水樹と朱華の会話の途中に赤猿が割り込んでくる。その表情は何処か楽しみにしているような感じである。
「――流石に気づいちまうよなぁ」
赤猿の言葉に水樹も朱華も首を傾げる。
と、赤猿がその手に棒を顕現させる。
「さてさて、
「戦闘狂も過ぎれば自殺願望と捉えられても仕方ありませんよ?」
その姿はあまりにも神々しいものであった。
直視してしまえば呑まれてしまいそうな、何よりもその存在感に平伏してしまいそうな感覚に陥ってしまいそうなもの。
水樹は多少の動揺はあるものの耐えきれたが、朱華の顔色は真っ青だ。
「自殺願望なんざねぇよ、
罔象女神――水樹も詳しくは知らないが、記紀神話に記されていた水の神だったと記憶していた。
「さて、赤猿。此度の狼藉――見逃されるとお思いですか?」
「あ? オレは何もやってねぇな。水蛇をぶちのめしたのも坊主だしな」
そう言って、赤猿は水樹を親指で示す。
「……静流比売神が嫁ぐと言った人の子ですか」
罔象女神は水樹へと視線を向ける。そして、瞬く間に怪訝な表情を浮かべた。
「なるほど、彼は……雨龍武尊に連なるものですか。先ほどの身に覚えある神力も彼のものですね?」
そう言い、罔象女神は水樹の前に立つ。
「さて事情は兎も角、神へ刃を向けた事実は覆せません。ですが、私としても立場上見逃すワケにもいきません」
「…………」
「ああ、警戒する必要はありませんよ。人の子の2人と赤猿、私ト共に来ていただきましょうか」
罔象女神はそう告げて踵を返す。
「えーっと?」
「坊主、言葉は不要だぜ。行こうぜ」
赤猿がバンと水樹の背中を叩いてから前を行く。
「雨柳君、とりあえず行こうか?」
「あ、ああ……」
とりあえず罔象女神に従うしかない。
水樹と朱華は足早に先を行く神2人の後を追った。
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