第3章26 『罔象女神邸宅へ』

 罔象女神の後を追った水樹たちがやって来たのは、水蛇の屋敷よりも更に豪勢な日本家屋の豪邸だった。

 大きな門を潜れば綺麗に整えられた庭園が広がっている。

 そんな場所を抜け、豪邸へ。

 使用人らしき神たちから奇異の視線を浴びながら、罔象女神を追って辿り着いたのは簡素な和室だった。


「さあ、お座りください」


 罔象女神のその言葉と共に座布団が現れ、着座を促される。

 赤猿は遠慮なくドカッと胡坐を掻きながら腰を下ろす。


「ほれ、お偉いさんが座れってんだぜ? ちゃちゃと座っちまえ」


 赤猿の言葉に従うように水樹と朱華も座布団の上に正座する。

 そんな2人に赤猿は「真面目だねぇ」と呆れ気味に大きな欠伸をする。


「貴方が無遠慮なだけで、人の子は何一つ問題はありませんよ、赤猿」


「へいへい。で、オレと違って名の知れた神様が何用で? ボコされた水蛇は放置でも良いのかよ?」


「水蛇に関しては別の者が対応しています。そして、今回の件は少なくとも水に連なる神々に知れ渡っています」


「へぇ? それで?」


 余裕綽々に赤猿は問う。

 アレだけの大騒ぎだ。バレない筈がない。


「その少女は水蛇が連れ込んだ故に責はないでしょう。ですが、俺と赤猿は明確に神に仇為す行いをしましたね」


「仇為すだぁ? おいおい、俺は神々に反旗を翻した覚えはないぜ。それは坊主も一緒だ。坊主からしたら拉致された友人を助けに来たに過ぎねぇ。そして、弟子の友人が拉致されたら師匠としては付き添うのも通りだろ?」


「弟子……という割には危機に陥った彼を助ける素振りは見せてないようでしたが?」


「何言ってんだ? あの程度を乗り越えねぇでオレの弟子になれるワケなえぇだろ」


 飄々と言い切る赤猿に、罔象女神は大きな溜め息を吐く。

 どうやら神々の間でも赤猿という神は問題児としての側面が色濃いようだった。

 さて――と、罔象女神は水樹へと顔を向けた。


「赤猿の弟子であるか否か――それはこの際どうでも良いです。問題は何故貴方が雨龍武尊の力を有しているかです」


「おいおい、幾らアンタと言えど威圧するのは頂けねぇぞ」


 赤猿が「大人げねぇなぁ」と言わんばかりの様子で口を開く。

 水樹からすれば「お前が言うなよ」と思わなくも無いが、此処は余計な事を言わない為に口を閉ざす。


「貴方に言われるのは非常に心外ですね。まあ、その通りでもあります。しかし、人の子と駆け落ちし、子を成し、孫までいる。そして、その力を引き継ぎ、簒奪していないとは思いもしませんでしたが……」


 やれやれと罔象女神は首を振る。


「はあ、まあ何を言ったところで後の祭りです。あの雨龍武尊の事です。意味の無い事はしないでしょう」


 罔象女神からは雨龍武尊へ対しての信頼が感じられる。

 その事に水樹は思わず目を丸くしてしまった。


「驚きましたか? まあ、一般的な神々から見れば雨龍武尊は開門輪を持ち出した裏切り者みたいな存在ですからね。しかし、彼を知る神々からすれば『何かしらの意図があったのでは?』と勘繰ってしまうものです」


「曾爺ちゃん――雨龍武尊とは幼い頃の記憶しかないんだ。俺の身に宿る神力も受け継いだ波斬だって最近知った。神様の存在を知ったのだって最近なんだ」


「知らせる気が無かったのか、知らせる時間が無かったのか……雨龍武尊は今はどうしているのですか?」


「ん? 曾爺ちゃんは亡くなったけど?」


「……はい?」


 水樹の言葉に罔象女神は間抜けな声を上げた。


「待ってください。雨龍武尊が亡くなったのですか? 大前提として神に寿命はありません。勿論、神以上の格がある者以外からは殺される事もありません。あの雨龍武尊ですよ? 亡くなったなんて本気ですか?」


「ま、罔象女神が言わんとしている事はわかるぜ? ただ、少なくとも人の世むこうでは墓の下だよ」


「……」


 赤猿の言葉に罔象女神が顎に手を当て至高の海に沈もうとした時だった。


「水樹、無事ですか!」


 そんな言葉と共に静流が部屋へ飛び込んできた。

 

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