第3章19 『過去の責任まで背負わされても困る』

 迫るガラスの釘を叩き斬りながら、水樹は水蛇へと向かって前進する。

 時折飛ばされてくる汞の刃も確実に捌きながら突き進む。

 大広間――イメージとしては旅館の宴会場をもう少し広くした程度。端から端まではそれなりの距離があり、一瞬で間合いを詰めるには水樹では練度が足りない。赤猿なら一息で詰めてしまうのだろうが……。


「っ――」


 ガラスの釘が頬を掠める。身体にも数本が突き刺さり、血が流れる。

 しかし、致命傷ではなく、身体も動く故に無問題。水樹はひたすら前へと足を進める。


「――存外に粘るじゃないか! 彼女を見捨ててしまえば、痛みは伴わずに済んだと言うのに」


「俺が原因で今の状況なら、俺が事態を収める事が責任ってヤツだろ」


「責任……責任ねぇ? まあ、責任を述べるのならば、君のその身に宿る似た神力持つ者として責任を果たすべきじゃないか?」


「何を……言っている?」


 水蛇が攻撃を止めると同時に、水樹は立ち止まる。


「ボクがこの2日間を何もせずに過ごしていたとでも思ったのかい? 彼女の言葉を信じて、ボクは君が来る事を待っていた。当然、待っている間に対策を立てるのは当たり前。君が赤猿と対策を立てたように、ボクも敵の情報を調べる事をするに決まっているじゃないか?」


 水蛇の言う事はご尤もである。

 水樹サイドが対策等々を立てているのなら、水蛇サイドも何らかの手段を講じる事は当然だ。今回に関しては水樹の襲撃日が読めていなかった事が幸いして奇襲となっているが、水樹個人の情報を調べるくらいはしていても可笑しくない。


「君の身に宿る神力には覚えがあった。そして、その神刀・波斬――人間が神力を、ましてや神刀を保有する事は普通なら有り得ない。仮に宿った場合は神によって簒奪される事が普通。しかし、君は今の今まで神力の存在すら感知されなかった。神刀を宿しているにも関わらずだ」


 何らかの確信を持って、水蛇は上機嫌に口を動かす。


「静流比売神は……どうかはわからないけど、赤猿はたぶん気付いているだろうね。勿論、龍水武尊殿も気付いていた筈だ。彼が最もあの人と仲が良かったからね」


「……雨龍武尊か」


「ああ、そうさ。雨龍武尊――人間の女と駆け落ちし、行方を眩ませた神。そして、君の曾祖父に当たる存在さ」


「…………そうだろうな」


 水樹は少しの沈黙の後にそう溢した。

 曾祖父が雨龍武尊である事は予測できていた。名前がそのままだった事もあるが、何よりも曾祖父の存在自体が突然湧いて出て来たようなものだったからだ。

 幾ら昔の者とは言え、それはあまりにも歪であり不自然だ。しかし、それに対して誰も違和感を抱いていない・・・・・・・・・・・・事が問題だった。

 家族は勿論、市役所の者ですら不思議に思っていない。

 こんな事を力技で解決できるのは、それこそ神しかいない。


「おおよそ予想はしていたようだね。まあ、それは良い。問題は雨龍武尊の神力を宿している事だ」


「何?」


「君たち人間は知らないだろうが、雨龍武尊という神は駆け落ちをすると同時に、とある遺物を持ち出している。これは一部の神しか知らない情報でねぇ」


 水蛇はそう言って告げる。


開門輪かいもんりん――とある世界とを繋げる鍵となる腕輪を雨龍武尊は持ち出した。そして、君が彼の子孫であるならば――責任は君にあると言っても過言ではないだろう?


「……流石にその窃盗の罪を子孫に償わせるのは無理過ぎるだろ!」


 水樹はそんな事を叫ぶが、内心で思い当たる物があった。


(絶対、あの腕輪だろッ!)


「先祖の犯した罪。それこそ彼の神刀まで受け継いだのだから、子孫には是非とも責任を果たしてもらいたいね。ま、そんなワケでボクもそろそろ本腰入れるとするよ」


 水蛇の手に鞭が顕現する。


神鞭しんべん灰渡羅ハイドラ。これはボクが発現したものだ。さあ、一方的に嬲ってあげるよ」



 

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