第3章18 『神は傍若無人である』

 身体能力の上がった水樹にとって、水蛇との間を詰めるのは一瞬だ。しかし、相手は神であり、近接武器を持つ水樹が詰め寄る事なぞ分かりきっている。

 水蛇が指を鳴らせば鳥やカエル、リスにカニなどの水の造形生物が現れる。

 斬り伏せようにも水という流体故に即座に修復され襲いかかって来る。まともに相手するには面倒――よって水樹は最低限を捌き、水蛇へと突貫する。


「なるほど、全てを相手にするのは無理だと判断したようだ。だがね、それでボクに近付けると思ったかい?」


 水樹の駆ける方向に水で造形された阿行と吽形の2体が顕現する。


「っ――コイツらは金剛力士像か? って、アンタ神様だろ! 仏教なんて微塵も関係ないだろがッ!」


「浅いねぇ、造形が美しいものを神が手にして何が悪いのかな?」


 宗教なんて関係ないと言わんばかりの水蛇の台詞。

 流石は神だ。傍若無人もお手の物である。

 阿行と吽形の攻撃を躱しながら、水樹は大きく息を吸う。

 そして――、


「――一刀にて、我が決意を示す!」


 権能を発現する為の祝詞のりとを紡ぐ。途端に波斬の刀身から淡い光が漂い始める。


「へぇ、神刀の持つ権能を発現できるようになったんだ? それで、何ができるのかな?」


 瞬間、水樹は波斬を横一文字に振るう。

 刀身の軌跡は蒼穹の一閃を描き、阿行と吽形を凪いだ。たった一撃。それだけで2体は形を保てずに崩壊した。


「――波斬の権能は対象の水分を諸共吸収するものだ」


「……それはボクたち水を司る神にとっては弱点だね。まあ、だから?」


 水の刃が放たれ、水樹へと奔る。反射的に波斬で弾き飛ばしたが、直ぐに異常を察知した。


「弾じき飛ばした?」


「うんうん、そういう反応になるよねぇ。これはみずがね――所謂、水銀だね。流体であれば、ボクは汎ゆるもの水であると認識する。それが例えば水分を含んでいなくてもね」


「何だってんだよ、それはッ!」


 言ってしまえば、水蛇の認識によって何でも水認定となる。極端な話、マグマでも固まって熔岩になっていなければ水という事だ。

 それはあまりにも拡大解釈が過ぎる。


「どこが水だよ!」


「ボクが認めてしまえば全て水なのさ!」


 パチンと水蛇が指を鳴らす――と、背後に無数の鋭利な釘の形をした透明な物質が無数に現れる。


「勿論、固体でも液体でもどちらでもないとされているガラスなんかも、このようにボクにとっては流体――即ち、水認定さ!」


 水蛇の背後に並ぶ透明な釘の数々はガラスらしい。

 そのあんまりな認定基準に水樹は思わず叫ぶ。


「その認定基準ガバガバ過ぎんだろ! ふざけんのも大概にしろよ! 傍若無人でも許されねぇもんくらいあるだろ!」


「はっはは、実にイイ声で喚くじゃないか! いい加減耳障りだからね、早々にご退場願おうか!」


 再び水蛇が指を鳴らす。

 並んでいたガラスの釘が水樹へと向かって放たれる。


(数が多い。それに視認し辛い)


 顔を顰めながら、水樹は波斬を構える。


(致命傷と成り得るところだけを防ぐ。それ以外は必要経費だ)


 それさ赤猿との模擬戦中に告げられた心得であった。

 全ての攻撃を防ぐ事は叶わない。ならば、ダメージを可能な限り最小限に抑えるしかない。それが赤猿戦闘理論である『死ななきゃ安い理論』である。

 要はどれだけ泥臭く惨めでも生きて勝った者こそが最強という考え方だ。


(頭部と心臓は死守。両手両足も極力避けたいが、最悪は利き腕が動かせて、足も歩ける程度に保てれば身体強化で誤魔化せる)


 迫るガラスの釘を眼前に、水樹は波斬を振るった。

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