第3章14 『ムカついたままでは終われない』
まだ、まだ足りない――それは水樹の心の底から思う事。
水蛇と対峙したあの日。戦いというのも烏滸がましい結果に終わり、友人を巻き込み、朱華を連れ去られた。
襲撃がある事は予想できていた。
家族や友人が巻き込まれる可能性もわかっていた。
それでも何処か「大丈夫だ」と思っていた節があった事は覆しようのない事実。
この結果は驕りが、危機感の皆無が産んだ必然だった。
だからこそ、水樹は自分自身が許せない。
「踏み込みが甘ぇぞ! そんなんじゃ切っ先が届かねぇ!」
腹部へと衝撃と共に、水樹はまた赤猿にふっ飛ばされる。
もう何度目なのか――数え直すのも億劫だ。
手足の骨を折られ血反吐を吐いても、静流による治療により無かった事になる。
これも全てを水樹自身が望んだ事。
生半可なものでは水蛇には届かない事はわかっていた。だからこそ、自身を追い込む。
「いつまで転がってやがる! 追撃されるぞ!」
痛みに身体を捩らせる。
このまま倒れてしまいたい。
だが、それは許されない。許されないのだ。
水樹は立ち上がる。右手には波斬がしっかりと握られていた。
最初は攻撃を受ける度に直ぐ手放していたが、今ではそれもなくなった。
少しづつだが、マシになっている。
しかし――まだ、足りない。
「敵から目を逸らすな。少しでも死角には入られれば、坊主のようなヤツは一瞬で殺られるぞ!」
立ち上がり、再び赤猿へと駆ける。痛みはあるが、骨は折れていない。
再度、赤猿にふっ飛ばされる。
地面を転がるが、その勢いのまま立ち上がりに即駆ける。
波斬と赤猿の持つ棒が激突する音が幾度も響く。
「良いぜ! 魂に焔が宿ってきたじゃねぇか!」
赤猿の歓喜の声が上がる。
赤猿自身がこの状況を楽しんでいた。見るからにテンションが上がっている。
ふざけんな――と、水樹は内心で毒吐く。
水樹にとっては訓練、模擬戦であっても、赤猿にとっては違うのだろう。勿論、真面目にやっているとは思う。しかし、地の実力が違い過ぎるのだ。
ムカついた。心底、ムカついた。
どれだけ本気で水樹が打ち込んだとしても、赤猿は難無く捌いてしまう。
まだ、水樹は赤猿の全力全開の本気を引き出せていない。
「………………ふざけんなよ」
恨み節を水樹は小声で口にする。
人と神――その実力に差がある事は重々承知している。だが、それでもやっぱりムカついくものはムカつく。
「…………一刀にて――」
不意に、自然と流れるように水樹は言霊を紡いだ。
「――我が決意を示す」
それは偶然だった。
しかし、確かに1つの成長を示す結果となった。
「ハッ! 間に合わねぇと思っていたが、なるほど……なるほどなぁ! ソイツがその神刀の権能か!」
赤猿が言う。
水樹の右手に握る波斬の刀身から漂う放つ淡い水色の靄。不思議と全てを斬り裂けるような気がした。
「……一撃は当ててやるッ!」
「上等! それくらいの気概見せてくれや!」
水樹の叫びに、赤猿が応えるように吼えた。
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