第4章2 『竜人の姫』

 それは偶然の産物――奇跡と言っても過言ではない事態だった。

 きっと何処かで聞いた事があるかも知れない不幸の1つ。

 その門は特殊な道具を使用しなければ、内からも外からも開く事が出来ない筈の堅牢な物だった。

 しかし、門に施された鍵は誤作動によって少しだけ開かれた。


「……開かずの門が開いた――これは如何に?」


 感情の籠っていない抑揚の無い声音で竜の尻尾を生やした幼女は言う。

 幼女は「どうしたものか?」と少しだけ思案する。

 この開かずの門は幼女が知る限り、数百年、或いは数千年は閉ざされたとされる門。そんな門の向こう側に存在すると云われる嘗ての戦争の勝利者が有する鍵によってのみ開かれると幼女は教えられていた。

 幼女にとってそんな伝承は老害による与太話であり、門の向こう側にいる者たちへ憎悪を抱く理由も理解できなかった。どうせ門もできの良いモニュメントくらいにしか思っていなかった。

 しかし、門は何の前触れもなく開かれた。

 幼女は少しだけ開かれた門向こう側を覗き見る。


「ん……知らない匂い」


 こちら側では嗅いだ事の無い匂いが門の向こう側には漂っていた。

 この向こうには未知がある――幼女は直ぐに感じ、胸中は好奇心に満ちていく。

 大人たちは言う、「門の向こうんは邪悪な悪魔が存在し、我々をこの地に押し込んだ」と――。


「悪魔、本当にいるのかな?」


 幼女は呟く。

 大人たちが言う悪魔が本当に存在しているのなら、一度はお目に掛かりたいものだ――と、幼女は思ってしまう。


「危険? ううん、我にはコレがある」


 シュンという音と共に右手に紅い長槍が現れる。


地核の槍マントルが我を守ってくれる。怖いモノは無い」


 幼女が生まれた時から傍らに存在していた長槍。自身の半身と言っても過言ではないくらいには長い付き合いだ。


「――うん、我は未知を見に行く」


 危険は未知という好奇心を前に形骸化してしまう。

 幼女が門の隙間へと身体を入れ込もうとした時だ。


「門が開いているだと⁉」


 しゃがれた老人の声に、幼女は顔を顰める。


「むっ……急がねば」


「其処に居るのは……姫⁉ いったいに何をしよったか!」


「ん、何もしていない。門が勝手に開いた。故に、我は向こうへ行ってくる」


 身体は門の向こう側へ、顔だけを出して幼女は老人の言葉に答える。


「馬鹿者! 戻って来るのだ!」


「お断り。我は未知へ会いに行く」


 ――と、扉が再びゆっくりと締まり始める。

 これに老人は慌て始める。


「姫! エウルイ・ジ・ラック! 戻りなさい!」


「いってくる!」


 グッと親指を立てて、幼女改め竜人の姫――エウルイ・ジ・ラックは門の奥へと消えていく。


「こ、このお転婆姫がッ!」


 老人は血相を変えて門へと走り寄るが間に合わず、門は再び固く閉ざされてしまう。


「た、大変な事になりおったァァァあ!」


 そんな老人の叫び声は露知らず、閉ざされた門の向こうでエウルイは満足げな表情を浮かべつつ高らかに声を上げる。


「うむ、我が名はエウルイ・ジ・ラック。世の未知よ、我を満足させてほしい!」


 ふんすと鼻息を荒くしながら、エウルイが地表へと降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水の神様は婚約者!? 霜月風炉 @logic1126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画