第2章8 『無視されるとムカつくのは道理』

 身体は濡れたと思えば熱によって半乾きに。かと思えば、濡れて半乾き――とにかく雨と火焔やらでとんでもない天候と気温、湿度となっている。

 見る人によっては天変地異を疑われても致し方ないまである。


「――熱を、上げるぜ」


「黙りなさい」


 これが世にあるグダグダというやつか――と水樹は思った。

 赤猿の襲撃理由もよくわからず、静流は完全にお怒りモード。

 はじめから常々思うところがある水樹ではあったが、藪蛇にしかならないので口にはしない。

 今や水樹は完全にいないものとなっており、ところかしこで水と焔が飛び交っている。

 人気はいつかの結界でなんとかなっているのだろうが、この荒れた公園はどうなるのか?


「って、ボケっとしてる状況じゃない。静流を助けに……助け……助ける……必要あるのか?」


 静流――全力蒼穹眼全開絶許状態。

 赤猿――本気神力解放漫遊状態。

 水樹――波斬抜刀……以上。


「間には入れねぇよ!」


 思わず叫ぶ水樹は悪くない筈だ。

 とは言え、このままボサッと眺めているワケにもいかない。

 水樹は柄を両手で握り、眼前に波斬を構える。

 心を落ち着かせ、静かに深く息を吸う。


(あの時の、静流のお父さんの時に感じた感覚を思い出せ)


 もう一度あの日の感覚を引き出そうと、記憶の糸を手繰り寄せる。

 置かれた環境、幼少の記憶、祖父の言葉――脳裏に巡るものに水樹は手を伸ばす。


(あの日は死に掛けた、退けないものがあった。今はどうだ? 完全に俺は蚊帳の外で、視界にすら入れられてない。それで良いのか? 是とするか? これだけボコボコにされて、一矢報いる事なく静流に任せるのか? ふざけるな! それは俺のプライドが許さねぇだろ!)


 胸の奥で仄かな熱を帯びた。

 一度、水樹は瞳を閉じる。そして、再び開いた。


「あ?」


 最初に反応を示したのは赤猿だった。


「余所見している暇はあるのですか?」


「いや……なるほど、ちったぁ気骨はあるって事か!」


 赤猿は楽しそうな声を上げ、その視線を水樹へと向けている。

 静流も怪訝な顔をしながら赤猿と同じ方へと視線を向け、目を見開いた。


「蒼穹眼……」


 静流のつぶやき。


「神力解放までは至っちゃあいねぇが、上々だ」


 赤猿は口元を緩めながら言う。


「ふぅ、この感覚……力が漲ってくる」


 水樹は自身を見ている赤猿へと顔を向けた。


「で、多少は見直したか?」


「ククク……あーはっはは! 無視されて癪に障ったか? 手前は拗ねた女かよ!」


 赤猿は高笑いを上げながら地面をダンダンと何度も踏みつける。


「ひー、ククク、最高だ! 最高だよ、手前は! ボッコボコにしてやれば巷で流行りのアニメの主人公みたいに覚醒でもするかと思ったが、まさかコレだとは思わなんだ!」


 ここまでバカ笑いされると水樹としても何とも言えない気持ちになってしまう。

 いや、確かにムカついたので言い訳はしない。だが、そこまで笑わなくても良いのでは――と水樹は思うのである。


「さぁ、水樹! 赤猿をギッタンギッタンにしましょう!」


「……静流? キャラ変わってるけど?」


「いいぜ、嬢ちゃん! コイツは楽しめそうだ」


「……もうお互い手を引く選択肢はないのか?」


「あ? そいつは興冷めだから無しに決まってんだろ? 頭沸いてんのか?」


 数分前の緊迫感は何処へ。

 水樹としては居た堪れない気分になったのだが、静流も赤猿もヤル気満々である。

 結果として火に油を注いだのは水樹なので潔く受け入れる。


「ふぅ、やってやる」


 せっかくだ、今の状態に慣れる為にも――と、水樹は思考を切り替えた。

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