第3章16 『殴り込み直前』
神域。その名が示す通り神の住まう領域であり、普通の人間であれば足を踏み入れる事すらできない場所だ。
過去に足を踏み入れた事のある人間は誰もが英雄として讃えられた者たち、或いは神によって無理矢理連れてこられた憐れな人間たち。
そういった意味では、神に殴り込む理由で足を踏み入れた水樹は珍しいどころの話ではない。
「神域と言っても、少し古めかしい日本って感じだな」
「まあ、人間世界には科学技術が発展しているが、神域にはそんなものは絶対に発展しない。科学とは人間が神に近づく為に編み出された技術だからな」
赤猿はサラッとそんな事を言った。
「科学技術が?」
「おう、機械の発明から医療、IT――その他多くの発明や発達によって信仰は薄れ、神は人間から遠ざかった。神秘性が薄れてしまった故の悲劇ってヤツだな」
天災など嘗ては神頼みだった事が、今では人間の知恵と力で解決できるようになった。それは神の手から離脱――即ち、巣立ちを迎えた事を意味する。
「ま、それでも神を無意識に信仰してしまう感覚が人間に残っているから、オレたちはまだ人間と関われるんだがな?」
「確かに受験前とかにはお参りに行ったな」
「オレからすれば、お参りする暇あるなら勉強しろって思うがな」
そんな元も子もない事を言いながら、赤猿はカラカラと笑う。
しかし、そんな与太話をする為に神域にやって来たワケではない。
赤猿はスッと表情を引き締める。
「――さて、水蛇をぶっ飛ばしに行くわけだが、大神の位ではなくともヤツはそれなりの神格を有している。オレほどの戦闘力はないが、坊主じゃ即刻戦闘不能あり得るから気ぃつけろよ?」
赤猿の言葉に水樹は大きく頷く。
「雑兵どもはオレと舎弟で相手にする。坊主は全力で突っ走って朱華の嬢ちゃんを掻っ払って来い」
「……その言い方だと、俺が誘拐しに行くみたいになるんだが?」
「あ? 奪われたもの奪い返すんだ、間違いねぇだろ」
「まあ、そうだな」
「はぁ、そんな些細な事を気にする余裕があるなら大丈夫か。とにかく水蛇との全面対決だ。言った通り、雑兵は相手にする。だが、全てじゃねぇ。取り零し、認識外のヤツらは相手にできねぇ。それこそ、坊主の進む先のヤツらは手前で処理しろよ?」
「わかってる。この2日間が無駄じゃなかった事を行動で示してやるさ」
「おう。もし失敗したらオレは手前を許さねぇからな?」
ギロリと危なそうな意志が宿った瞳で赤猿は水樹を睨む。
ヒュっと喉の奥が引き締まるような感覚に支配されつつも、水樹は頷きながら言葉を絞り出す。
「失敗はないよ。その時は俺の失敗は西野の人生の終わりだから」
「わかってりゃあ良いのさ。ま、オレもできる限りやってやる。久々の神相手にドンパチだ。腕が鳴るぜぇ!」
左手を右肩に置きながら、右腕をブンブン振り回す赤猿。口では頼もしい事を言っていたが、結局は戦闘が楽しみなだけである。
「…………ふぅ」
そんな赤猿を横目に、水樹は顔の前で両手を合わせて大きく深呼吸をする。
瞳を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
失敗は許されない。
何だかんだ言ってもリスクを伴っても赤猿が手を貸してくれている。それを無碍にするワケにはいかない。
「気合いは入ったか?」
「――ああ、充分だよ」
赤猿の問いに、水樹は答える。
力強い言葉に赤猿は満足そうな表情を浮かべる。
「なら、良い。そんじゃ、殴り込むとしましょうや!」
「おう!」
――朱華救出作戦が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます