第3章12 『信じた彼は』
肉体の疲労と怪我、睡眠欲を静流の神力によって治療、或いは無理矢理抑え込み、水樹は赤猿との模擬戦を繰り返していた。
赤猿も水樹がギリギリ勝てる程度に力を押さえ、休むことなく連戦を積み重ねる。
「――同じ事を何度も言わせんな! 疲労が溜まりだすと左手が動き出す癖を何とかしやがれ! 敵に気付かれた途端に付け込まれるぞ!」
その言葉と同時に腹部に蹴りを叩き込まれ、水樹は吹っ飛ばされる。
此処は赤猿が住んでいる家の一室を神力によって拡張したトレーニングルーム。外部に音が漏れる事もなければ、破損する事もないという神様の権能をこれでもかと注ぎ込んだ贅沢使用。戦闘狂である赤猿が故に誕生した部屋でもある。
「痛いのはわかるが、直ぐに立ちやがれ! 疲労を相手に覚らせるな! 一つの行動が遅れれば致命傷だと思え! 常に思考しろ! 身体を動かせ! 動かなければ死ぬぞ!」
立ち上がれていない水樹に対して、容赦なく攻撃を仕掛けに行く赤猿。
その様子を静流はジッと黙って見詰めていた。
――と、複数の人の気配を感じ、静流はそちらへと視線を向けた。
「来ましたか。お疲れ様です、皆さん」
静流の視線の先には祈、仁、花恋、帝の4人が立っていた。学校が終わってからそのままやって来たのだろう。
赤猿からは自由に入って来て構わないと伝えられおり、実際に何処で模擬戦をするのか気になっていた4人だが、現実を目の当たりにして神が常識に当て嵌められない事を再認識する。
「おら、早く立てや! このままぶっ殺すぞ!」
赤猿の熱の入った暴言と殺意が部屋中に充満していた。
水樹が立ち上がる度に棒や拳、蹴りにより瞬く間に地へ転がされる。それでも赤猿は「早く立て」と言葉を叩きつける。
その様子は一方的な暴力であり、経緯を知らない者が見れば即座に通報案件だろう。
「うわぁ……」
そんなドン引きした声を仁が溢す。
赤猿の攻撃が地を鳴らし、轟音を響かせる。普通の人間が見たなら誰もが仁と同じような反応を示すだろう。
「雨柳君、大丈夫なん?」
「……そうですね、大丈夫ではないでしょう。切り傷、骨折、内出血、打撲の怪我は全て私が治療しています。生理現象である疲労、睡眠に関しても処置しています。水樹が取っている休憩と言えるものは食事と排泄くらいですね」
家族会議の昨夜からノンストップで現在に至っている。
精神面で追い込まれている水樹であったが、目的があるが故に歯を食い縛って赤猿へ挑んでいた。
「幾ら時間が無いにしてもやり過ぎじゃない?」
「これだと朱華を助ける前に折れるとしか思えない」
花恋と帝が目の前の光景に難色を示していた。
「花恋さんたちにとってはそう思うのは仕方ないでしょう。しかし、本当に人間が神を倒すのであれば、これでもきっと足りない。ただ、水樹には身に宿った神力があるので、ギリギリ食らいつけると思われますが……」
瞑目しながら静流は言う。
「あと帝さん。水樹は折れませんよ? きっと朱華さんが信じた彼は、わたしが考えるそういうところだと思いますので」
ドン!――と、一際大きな音が鳴り響いた。
「ふぅ……嬢ちゃん、治療を頼む! 5分後、再開だ!」
赤猿が倒れ伏している水樹を一瞥しながら、静流へと大声で告げる。
「わかりました。それでは皆さんも遅くならない程度に見学してください」
静流はそう言い残して、倒れている水樹の下へと掛けて行く。
その後姿を見送りながら、4人は水樹に対して何とも言えない思いを抱える事になったのだった。
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