第12話 侵入者

 探索中に見つけたものはひとつのアイテムでした。

 ポーションです。

 回復魔法を使うために必要な魔力の、回復薬。

 なんだかややこしい言い方ですが、魔法を使うためのエネルギーが必要なのは当然ですね。


「五本ある。ひとり一本でいいよな?」


 フロイド様が見つけたものです。手のひらより少し大きいくらいの、細長いガラスの筒に収まった青い液体……魔力ポーション。

 回復量は使用者が持つ魔力の三分の一程度でしょうか。全回復はしない回復薬ですね。

 わたしは魔道士であって薬剤師ではないため、回復薬については専門外でした。


 回復魔法があるからと見逃しがちですが、回復魔法を使うための魔力の回復も考えなければなりません。一応、魔力を回復させる魔法もあるのですが……。それを使うためにも魔力が必要なので、差し引きすれば回復量は微々たるものでした。


 薬に頼った方が早いです。気合でどうこうなる部分もありますが、それこそ微々たるもの、からさらに半分ほどなのではないでしょうか。魔力が0から1になったところで、変わりませんからね。


 そのため、この閉鎖空間でのポーションは貴重です。

 今後、探索を続けていたら、薬の材料が見つかったかもしれません。食材と合わせればポーションも作れたとすれば、知識がないのが悔やまれますね。さすがにテキトーに混ぜて潰して練って煮込んで、として作れる代物ではありませんから。

 魔道士しかいないこの場では、ポーションは全員平等に渡されるべきです。


「本当に五本しかなかったのかしら?」

「疑うなら隅々まで探せばいいんじゃないですか? 俺の体を探してもらっても構いませんけど」


 両手を上げたフロイド様。

 疑っているマリア様と視線がぶつかり、バチバチと火花が散っています……。


 フロイド様がわたしたちを呼ぶ前に、ポーションを多めに回収した、と疑ってしまう気持ちは分かりますが、わたしたちに渡さず独占することもできました。

 こうして一本でも譲ってくれるだけで充分ではないですか?

 不要なトラブルは避けたいところです。


「ひ、ひとり一本で充分ですよ。ねっ、マリア様?」

「クリスタ様がそう言うのであれば」


 身を引いてくれたマリア様でした。

 わたしのポーションを渡しておこうかな、と思いましたが、遠慮されるのは目に見えていました。遠慮どころかマリア様が自分の分をわたしに善意で渡してきそうだなとも思ったので、藪をつつかず、ここは黙っておくことにします。

 フロイド様がポーションを多めに持っていたとして、全員が一本でも持っていれば大丈夫でしょう。


 上層階の探索で見つかった特筆すべき点は、ポーションのみです。

 他の部屋からポーションが見つかることもなく……五本のみ、でした。

 使いどころはよく考えないといけません。


 魔道士の癖として、魔力は減る前に満タンに調整しておくべきですので、使うべきところは減った時以外にはないのですが……。

 今更ですが、ダンジョン攻略のために持ち込んでいた各自のアイテム類は全てなくなっていました。


 トト様が持っていたナイフは小振りで、服に隠せる小さなものでしたので、見逃されたのかもしれません。それともポーションは回収されてもナイフは大丈夫だったのでしょうか。



「あ、もう夜ですか……」


 気づけば、でした。

 外は曇天なので分かりづらいですが、昼間ほどの明かりが部屋の中に差し込まなくなりました。

 オレンジ色の明かりがなければ恐らく真っ暗だったでしょう。

 なので人工的な明かりがない中層階は先が見えないほどの真っ暗なのではないでしょうか。


 寝具は中層階なのですが、上層階の客間を見た後では、下にはもう戻れません。

 ……あのふかふかベッドに早く沈み込みたいです……。



 結局、わたしも長いこと探索に参加していました。動かないと不安なのですよ。

 その後、食堂に戻ってきました。

 匂いに釣られて、ではありませんからね!?


「た、探索を終えて戻ってきましたー……けど、なにを作っているんですか?」

「あ、クリスタさん。野菜とお肉と香辛料を混ぜた少し刺激的なスープです。飲みますか? 体が温まりますよ」


 中途半端な時間に食べていますので、早々に二食目を食べる気にはなれませんでした。しかし小腹は空いていますので、軽めには食べておきたいです。

 昼間のようにガッツリとお肉は食べられませんが、スープ程度なら……パンを浸して食べることはできそうです。


 トト様作のスープを味わっていると、続々とみなさんが戻ってきました。

 客間のベッドメイクはそれぞれ自由にできますので、探索と言うよりは寝具の調整が主だったのでしょう。枕が変わると眠れない、と言われたらどうしようもありませんが、理想とする快適空間に近づける努力はできます。


 一度、中層階のボロベッドを見ているので、小綺麗になった上層階のベッドはより良く見えます。

 眠れるか心配でしたが、疲労困憊ですので、横になると意外と眠れてしまうかも……?


「美味しそうな匂い……スープカレーですか」

「あ、はい。マリアさんは、辛いのは苦手ですか?」

「私に辛い、と言わせたら大したものですね」


 広間のような場所は上層階にはなく、結局、調理場に集まることになってしまいました。

 食材を置いていた台をテーブルとし、別部屋から持ち込んだ椅子に座って休憩します。

 トト様が器によそったスープカレーが、それぞれの手に渡りました。

 置いてあったパンを取って、スープに浸します。


「トト様も食べましょう?」

「えっと……もう少しこれ、混ぜておきます」


 鍋をかき混ぜるトト様。

 すると、フロイド様がトト様に近づきました。


「なあ」

「はい?」

「物足りないと思うんだけど、もう一品作れないか?」


 ……男の子、ですねえ。さっき食べたばかりですが、既にお腹に余裕があるみたいです。

 トト様は口を緩ませて、


「なにがいいですかっ?」

「さっきの肉でいいんだけど……無理なら別のでも……」

「作りますね、ちょっと待っててください」


 すると、フロイド様の後ろから顔を覗かせたヒナ様も同じように、


「あたしもっ、お腹空いちゃった……。食べてもいいかな?」


 お二人とも、食べられるんですね……わたしなんてパンひとつでお腹が膨れましたけど……。

 マリア様は、ひとつ目、でしょうか。パンを掴んだまま固まっています。

 視線が、パンに注がれていて――――


「カビが生えていますね」

「え。……そうなんですか?」

「クリスタ様のパンは……どこから取りました?」


 そこの……近くにあった、パンが盛られている器からです。

 マリア様が調べたら、わたしが食べた方のパンの山には、カビはなかったようでした。

 しかしマリア様が取った方のパンの山は、ところどころカビが生えているパンが多く……ちょっとした場所の違いですか? それとも置いた時間に差があったのかもしれません。

 小さなものですが、カビはカビです……気づいてしまえば以降は気になってしまいますね。


「魔法で治癒してみましょうかねえ」

「イメージできますか?」


 ――魔法とはイメージです。

 治癒をイメージする、というのはとても難しいので、知識が必要になってくるわけですが、パンの内部構造まで把握しているのでしょうか? それほどの知識がなければ、回復魔法も、発動しても結果が振るわない、というのはありふれています。


 回復魔法は、治癒する対象のことをよく知っていれば簡単に治癒できますが、知らなければ不可能です。内部構造を理解する対象をあらかじめ増やしておくことが、魔道士の実力差になってくるのでしょう。たまに想像と予測だけで治癒させてしまう天才もいるみたいですけど……。


「なんとなくでイメージしてみましょうか」

「なんとなくでできてしまうのですか? さすが、マリア様ですね」


 わたしが期待の眼差しを向けると、久しぶりに、マリア様は大人の表情を見せてくれました。

 今まではわたしを女神クリスタと思い込んでいて、敬う表情しか見せてくれませんでしたから。


 優しく微笑むマリア様が、回復魔法を使用します。

 左手で持つパンに、右手で魔法を与えました。ほんのりと白く光る手のひら。


「治癒できるかは分かりませんが……」

「マリア様ならできますよ……きっと大丈夫です!」

「ふふ、クリスタ様からそう言われると自信が出てきますね」


 少しだけ、白い光が強くなった気がしました。

 気のせいかもしれないですが、実際、パンのカビが、どんどん消えていっています。

 ……やがて、パンのカビが完全に消えました。


 綺麗なパンです。割ってみると、中から湯気が上がり、出来立てのようでした。

 さらにパンの甘い匂いもしてきて……治癒というレベルではないのではないですか……?

 治癒というか、調理のような?


「…………」

「こんなこともできるのですね。さすが経験の多いマリア様です!」


 眉をひそめていたのが気になりましたが、マリア様は「……まあ、偶然ですね。ここまで上手くいくことは普段ないのですが……クリスタ様が見ているから頑張れたのでしょう」とのことでした。

 魔法はメンタルに左右されます。信仰対象に見守られている、というのは安心するのでしょう。

 こういうこともあり得るわけですね。


「美味しそうに焼き上がったパンですけど、クリスタ様も食べますか?」

「いや、わたしは、」


 遠慮しようと思いましたが、目の前で見せられたら、食べたくなってしまいます……。

 気づけばマリア様が持つパンに手を伸ばしていました。さっきまで膨れていたお腹がすかすかになっています。なぜでしょう? 空腹とはまったく、気分屋ですね。


 スープに浸すのはもったいないのでそのままかじります。パンの甘さが口の中に広がります。味付けはなにもしていませんが、パン自体の美味しさが引き立てられて……んまぁ。


 うんまぁ! です!!


「この美味しさ……マリア様はパン屋の人ですか!?」

「いえいえ全然。クリスタ教の信徒です」

「その前に魔道士ですよね?」


 本業を忘れないでください。

 軽食を胃に入れた後(フロイド様とヒナ様はガッツリと食べていたみたいですけど)、一日の疲労がどっと出てきたようで、半ば寝落ちしたような足取りで上層階の客間まで向かいます。


 ひとり一部屋が割り振られていますので、ベッドは独占できました。マリア様はわたしと添い寝をしたがっていましたけれど、トト様とヒナ様が「ズルい!」と言ってくれたおかげで、特別扱いはできないことになり、全員がひとりきりの部屋で眠ることになりました。


 波風立てない言い方には助かりました。マリア様との添い寝が嫌なわけではないですが……。

 気を遣ってしまい休息が満足に取れない、という部分はあるでしょう。

 体は休めても心が……。

 なので助かりました。


 望むなら浴場があればよかったのですが、探索中も見かけませんでしたので元々ないのでしょう。水浴びもできません……。

 ダンジョン攻略中に体を清潔にできることの方が珍しいと思えば、一日くらい、水浴びをしなくとも……。

 多少の抵抗はありましたが、頭の装備を外す手間すら忘れて、ふかふかベッドに倒れ込みます。

 そのまま、気づけば意識が落ちていました――……。



 ぱち、とスッキリした頭で目を覚ましました。

 不意に意識が落ちてから、何時間、寝ていたのでしょう……? 時計がないので分かりませんが。

 窓の外はまだ暗いので、朝ではなさそうです。

 天気は変わらず曇天でした。晴れることってあるのでしょうか?


「んー……んっ、んっ。はあ。……みなさまは、もう起きて……?」


 背筋を伸ばしていると、廊下から足音がしました。

 誰でしょう?

 扉を開け、食堂へ向かいます。


 中からガサゴソと音が聞こえてくるので、やはり誰かがいるのでしょうね。トト様が朝食の準備をしてくれているのかもしれません。

 でしたら、わたしも手伝いましょう。雑用なら、いても邪魔にはならないはずです。


「おはようございます、トトさ、ま……?」


 食堂の扉を開けて、まず目に飛び込んできたのは乱暴に漁られた食材でした。

 そして、小型の……それでもわたしよりは大きな、ワイバーン。


 子供……? ですか? わたしに気づいた一頭のワイバーンが、首を伸ばして振り向きました。


 翼と腕が一体化した全体的に細い体。

 血管が透けて見える青いワイバーンが、口を開けて吠えました。



『キィ、ギュアアアアアッッ!!』


「っ、きゃああああああああっっ!?!?」



 ――え、どうして建物内に!?

 侵入してこない、というのはわたしたちの勝手な憶測であって、絶対に侵入してこないと言ったわけではありませんでした。


 巨体は無理でも、小型の子供なら――あり得ないわけではなかったのです。

 ……でもっ、どこからっ、どうやってっ!?!?

 この子は、ワイバーンは、入ってきたのでしょう!?


 なぜ今更!?

 しかし、振り返ってみれば、です。


 ――扉が開いたから。

 ――強い匂いがあったから。


 ……そう思えば、ワイバーンを誘い出したのはわたしたち自身でした。

 戸締りは徹底的にするべきでした!!


 ワイバーンは台の上の食材を踏み潰しながら近づいてきます。腰が抜けてしまい、どうしても立てないわたしへ、ひとっとびで近づいてきて……先端が二又になっている舌を伸ばしてきます。


 舌が頬に触れました。

 ひんやりとした舌が、恐ろしく感じました。

 目の前に見える、舌が、牙が、嫌な想像を肥大化させてきます。

 体の震えが、止まりません……っ。


「た、たす、助けて……っ、ゆ、勇者様……っ!!」


 今この場にいない人に助けを求めるくらいには、わたしはもうダメだ、と思って――――



 ぎゅっと強く目を瞑ったわたしが感じたのは、熱でした。

 ワイバーンの断末魔(?)と共に、目の前の圧迫感がなくなります。


 …………おそるおそる、目を開けると、見えたのは炎に包まれていたワイバーンでした。


 床に倒れたワイバーンが、熱さに苦しんでいました。調理場の台や椅子に体をぶつけるほどに暴れ、部屋の中がめちゃくちゃです。食材のほとんどが、無駄にもなっていました。

 視野がさっきよりも広くなったのは、目の前の脅威が去ったからでしょう……そして、『攻撃魔法』が目の前にあったからです。


 炎の魔法。


 魔道士には扱えません。


 つまり――魔道士ではない、助けがきたのです!!


「まさか……ッ、勇者様ですか!?」



「――――私です、クリスタ様」



「え…………マリア様……?」


 黒いローブの中、綺麗な緑髪。

 大人の美女である、マリア様でした。


 彼女の手のひらには、魔道士らしからぬ炎の球体がありました。

 魔道士の彼女が、どうして攻撃魔法を……?

 回復魔法しか扱えないからこその、魔道士のはずですが……。


「一体、どういう……?」


「どうやら使えるみたいですね。もしかすると、私がクリスタ教徒だから、かもしれませんね」

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