第27話 囚われたワイバーン(B)
振り向けば、わたしたちを苦しめ、三人の犠牲者を出した大きな古城が見えます。
まだまだ全体像が見えるほど遠ざかってはいませんが、老朽化が進みボロボロになって、今にも崩れてしまいそうな古城であることがよく分かりました。
愛着なんて湧いていません。
ですが、脱出すると同時に、ちょっとだけ、寂しいと感じてしまって……。
いいえ、二度と戻りたくはありませんが。
「……六人で、脱出したかったですね」
「そうだね」
叶わない夢でした。
もしも全員で脱出をしようとあのまま粘っていたら……わたしたちは全滅していたでしょう。
あの時、あのタイミングで、老師様が道を示してくれなければ、わたしたちは魔道士としての控えめな立ち振る舞いのまま、誰かに期待し合っていたことでしょう。
誰かが枠からはみ出ていたかもしれませんが、誰がはみ出てくれるかは、分かりません。老師様が背中を押してくれなければきっと、誰も……。誰もが自分以外に期待をしていたはずです。
こんな風に、脱出するために先導をしようなんて人はいなかったでしょう。
当時のわたしたちは、きっと誰かがやってくれるだろうと他人事でしたからね。
「お、靄が晴れてきたな。前が見えやすくなってきた」
ひたすら真っ直ぐなので道に迷うことはないです。
地平線の先まで続く橋。これは……長旅になりそうでした。
揺れが少なく安定したワイバーンの上で、わたしは振り向きます。
その時、見えていた古城が、ゆっくりと、傾いていく様が分かりました。
派手な壊れ方ではありませんでした。
変化を一瞬、見落としてしまったほどにゆっくりと、上層階が垂れていくように崩れ、中層階、下層階は亀裂から崩れ、古城はあっという間に倒壊してしまいました。
倒壊による突風が、わたしたちの背中を押しました。
「あ。古城、が……っ」
あと少し、モタモタしていたら……いえ、わたしたちが脱出したから崩れたのでしょうか。
原因はわたしたち。
つまり、ダンジョンが動き出した……? のですか……?
「ッ、フロイド様っ、終わってません!! まだなにかきま、」
――崩れた古城から真上へ打ち上がった、黒い塊が見えました。
その塊は雷雲を突き抜け、全ての雲を全方位へ吹き飛ばしました。
靄どころか空には雲ひとつなく、見えたのは久々の太陽です。
そして同時に、黒い塊が、近づいてきます。
大きな翼を広げ。
猛スピードでわたしたちを追いかけてくる巨体は――――ワイバーン、です。
青ではなく、禍々しい黒いワイバーンが、迫ってきます!!
「フロイド様ッッ!!」
「あれがダンジョンボス……だろうなあ……」
「なら、あれを倒せば……っ!」
「ダンジョンボス『なら』、このダンジョンを攻略したことになる。聞くまでもないが、どうする?」
「もちろん倒します!」
無責任な言葉だという自覚はあります。
ですが、ここで意志を見せなければ、誰も賛同してくれません!
今この場には勇者様も戦士様もいません。わたしたちで、答えを出すしかないんです!
無責任でもっ、たとえ無能でもっ、誰かが引っ張っていかなければなりません!!
三人も犠牲にしておいてなにも学ばなかったなんてこと、わたしは絶対に認めたくないっ!
「……分かった。クリスタ、こっちに乗り換えられるか? そしてこの手綱を握ってくれ。あのワイバーンの相手は、俺がする」
「え」
「『俺がする』って……あんたひとりでどうするつもりなのよ!」
フロイド様が不敵に笑いました。
「元戦士の……アンタのポーションを分けてくれないか? 余ってるだろ?」
「…………あるけど」
当然ながら躊躇うヒナ様です。
しかし自分が持っていても背後のワイバーンになにができるわけでもない、と悟ったヒナ様は、不承不承、ポーションを渡しました。
その中身を、フロイド様が一気に飲み干します。
「本当にどうするつもりなの?」
「あの女の……マリアの炎魔法のことだ。炎だけじゃない、他の属性の魔法も使えただろ? 魔道士なのに魔法使いの魔法を使えるのはおかしいと思ったはずだ。……同じ魔道士としてな」
マリア様が回復魔法以外を使えたのは衝撃でした。あれは、魔道士のフリをした魔法使いだった、と思うことにしましたが、フロイド様は違うようでした。
彼なりの答えがあるようです。
「魔道士でありながら回復魔法『以外』を使うことができた。ってことだろう。そして、それは才能に完全に依存するわけじゃないことも分かった。そもそも回復魔法も、専門性が高いが才能は必要ない。やる気と根性、理解力と想像力、折れない心があれば習得できる。難しいことは事実だが、挑戦することに高いハードルがあるわけじゃないんだ」
二頭の小型なワイバーンが、並走して近づきます。
ヒナ様の後ろから、わたしは、えいやっ、とフロイド様に飛びつきました。
さらに前後を入れ替え、わたしが手綱を握ります。
……て、手が震えますが、握っているだけでいいんですよね……?
ワイバーンを焚きつけることはできませんよ?
すると、わたしのお腹にフロイド様の片腕が回されました。
ひぅっ、と小さく声が漏れましたが、おふたりには気づかれなかったようです。
唯一、ワイバーンが心配そうに振り向きましたが、大丈夫だから、と頭を撫でます。そのまま前を走っていてくださいね。
「少しがまんしてくれ。アンタに掴まってないと振り落とされるからな」
「はっ、はぃ……っ!」
「結局、どうするつもりなのよ」
「こうする」
フロイド様の手のひらから、炎が生み出されました。
ぐっと伸ばされた腕。
空に向けて勢いよく飛び出した炎が、近づいてくるワイバーンの顔に当たって、さらに爆発します。
巨体を撃ち落とすことはできませんでしたが、相手は怯んでくれたようです。
「……え、魔法、を……?」
「だから言っただろ。使えるんだ、攻撃魔法」
背中側がすごく熱いです。
魔法の熱が、フロイド様を挟んでいるのに、わたしのところまでやってきます。
影で分かりましたが、次に特大の炎の塊が、フロイド様の手のひらにありました。
「イメージだ」
フロイド様が、人差し指でこめかみを叩きます。
とんとん、と。
技術も知識も必要ですが、それ以上に魔法を高め、実現させるのは、イメージ力です。
理想が、わたしたちの力になってくれるのです。
「イメージさえ極めればいい……。それだけだったんだ――――吹き飛べ、ボスワイバーン」
特大の炎の塊が飛び出し、球体がワイバーンに直撃しました。
――瞬間、大爆発!!
膨らむ黒煙が、巨大なワイバーンを包んでしまいました。
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