第5話 食糧問題

 マリアたちに聞いてみたが、食糧は見ていないようだ。そもそも発見していれば報告しているはずである。誰も報告していないのだから、発見していなかったのだろう。

 長期戦になることを見越して食糧を隠していた可能性も、なくはないだろうが、古城内の食糧に独断で手をつけられるか? 回復魔法で腐敗を治癒することもできるが……精神的に怖いだろう。

 誰かに毒味をさせるべきだと判断するはず。


 仮に食中毒を起こしても、回復魔法がある。しかしよく勘違いされるが、魔道士には回復魔法があるのだから、怪我を覚悟で戦える、ということはない。


 魔法とは強いイメージだ。

 回復魔法はより、精密なイメージが必要となる。

 痛みに堪えながら魔法を使うのは難しい。


 攻撃魔法ならなんとか使えるかもしれんが、複雑なイメージを必要とする回復魔法は難しい以上に不可能になってくる。

 たとえるなら、敵を炎で燃やして倒すイメージと、切断された腕を治癒する時の血管や筋肉繊維、組織がくっつくイメージを鮮明に絵として脳内に作るのは大きな違いだ。


 自分がまさに腕を切断してしまった時、前者と後者、イメージしやすい魔法がどちらかと言われたら、きっと前者になるはずだ。

 回復魔法は発動させてしまえばなんでもかんでも治る――なんて便利な力ではないのだ。

 それでも、ナイフと糸で、落ちた腕をくっつけるよりは手早く正確に治療できる。


「食糧問題ですか……。皆様のお腹の調子はどうなのでしょう?」


 クリスタ嬢が聞いた。

 ここに連れてこられる前の記憶がなくとも、空腹具合を自覚することはできるはずだ。ちなみに儂の場合は空腹とまではいかないが、小腹は空いている。

 が、断食をした経験もあるため、数日飲まず食わずでも問題はない。頭の回転が鈍くなるとは思うが、ストレスで仲間に八つ当たりをすることはないと言えよう。

 慣れた儂でこれなら、食べ盛りの十代は……。


「俺は腹減ったな。だから老師サマに相談したんだしさ」


 最も食べるだろう青年が手を上げた。この場へ連れてこられる寸前に食べていたとしても、食べ盛りならば必要とする栄養は多いはずだ。すぐに空腹となってもおかしくはない。

 次いで、ヒナ、トトも遠慮がちに手を上げた。


「先生、お腹が空きました……」

「僕は、食べなくてもがまんできますけど、一応……本当のことを言っておいた方がいいかな、と、思って、です……」


 奴隷の場合、使い捨てでなければ体のチェックは必要だ。買った商品のメンテナンスは、元を取るまでは徹底する飼い主が多い。

 トトの姿勢は、まだ買われたばかりでそれなりに大事に扱われていた証明となる。彼女の使い方は乱暴だが、道具として手入れはきちんとされていたようで、限りなく小さなひとつの朗報じゃった。


「私は平気です。老師様同様に、断食には慣れていますので」


 マリアの経験値があれば、空腹など慣れたものだろう。

 さて、クリスタ嬢はどうだろうか。


「わたしも、一日くらい食べずとも、」


 ――しかし、彼女の意思とは裏腹に、クリスタ嬢のお腹は空腹を訴えるように鳴いた。

 静かな空間だったために、小さな音だったが、全員の耳にきちんと届いていた。

 俯いたクリスタ嬢は体を震わせながら、首元から顔まで真っ赤にさせておる。


 恥じることではない。

 生きるために食べることは必要なことなのだからのう。


「では、クリスタ様を優先に、食糧問題に取り掛かりましょう」

『はいっ!』


 マリアを筆頭に、ヒナとトトが頷いておった。

 クリスタ嬢は未だに俯いたままじゃった。


「でもさ、全員で探索しても見つからなかったんだ。……どうするんだよ?」

「あ、あの……せめて言い訳くらいはさせてもらえないですか……? わたしが空腹のまま話がとんとん拍子に進んでいくのは、ちょっと……」

「だが、空腹で空腹で、仕方ないのではないかね?」

「そうですけど……」


 誰かが強い空腹を訴えなければ、食糧問題に取り掛かることもなかったのだ。

 全員がまだ平気、と強がってしまえば、場が動かなかったこともある。

 まあ、その場合は儂が率先して引っ張っていくつもりではあったのだが……。


 クリスタ嬢の食欲は、全員の意思をまとめるにはもってこいだった。女性陣からすれば、崇拝するクリスタ様だからのう。見捨てることはせんはず。

 頬を膨らませてむくれるクリスタ嬢だったが、食糧の話をしたことでさらにお腹が鳴ったようで、恥を吹っ切った彼女が立ち上がった。


「――鍵のかかった扉を開けるための手がかりを探しましょう。その結果、食糧が見つかるかもしれませんから!」

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