第4話 女神クリスタ
「クリスタ教とは聞いたことがないのう……本当に実在するのかね?」
「宗教とは万物があればこそ生まれますから。実在するかどうかを聞くのは野暮ではありませんか、フクロウ老師様。信じることで生まれるのが神です。信仰することで、クリスタ様は私の目の前に現れてくれたと解釈ができます」
太陽、海、大地――勇者だって信仰の対象だ。規模の小さなものでも、手のひらサイズのお守りにも神が宿り、信仰している少数もいる。人の数ほど信じる神がおり、万物に神は宿る。
確かに野暮な意見だったな。神が実在するかどうかのハッキリとした答えなど不要。信仰することで救われる者がいるなら、実在しているかどうかは関係ない。
「まあ、そうじゃな。しかし、お前さんが言うクリスタ様は、その少女のことではないだろう? 偶然、名前が同じだっただけかもしれん。そもそもクリスタ、という神の名は本当の名前なのか?」
「クリスタ様は『純潔の神』と言えましょう……。清廉潔白であり、一生、男に屈しなかった偉大で美しく、たくましい女性……それがクリスタ様です」
「そんな女性が過去にいた、ということかね?」
「ええ。――証明する術はありませんが」
……となると、偶像崇拝か。
女性の理想像を多人数が意見を出し合い固めていった結果、彼女が言うクリスタ様とやらのペルソナが出来上がった――のかもしれん。
架空の人物を神と崇め信仰することで彼女は……そして、他にいるか分からん信仰者たちは純潔の神クリスタを模範にして生きている。宗教としての役目は果たしていると言えるか。
「やっと会えました……クリスタ様……っ」
「違います、けど……。わたしはクリスタですけど、クリスタ様、と言われるような人間では、」
マリアに握られた手をどうにか離したい、とウィニードールが手を引っ込めようとしているが、抜け出そうとする手を逃がさないように、マリアがガッシリと握り締める。
ついでに体の距離も詰まっている。
ウィニードールが助けを求めて儂を見るが、すまない……できることはない。
信仰者の信仰が強ければ強いほどに、儂の言葉は通じない。
信仰者は、儂らが間違いだと思ったことも信じてしまうこともあり、正論で説き伏せるのは難しいからだ。恐らくは不可能。信仰者は、狭い世界の中でルールが決まっておる。
部外者が立ち入ることはできんのだ。
今のところ、マリアがウィニードールの害になっているとは言えなかった。
信仰の対象、女神クリスタの器となっているだけで、信仰される側の居心地が悪いだけだ。
女神ならぬウィニードール・クリスタ嬢が堪えてくれれば、新しい人間関係ができたと解釈もできるだろう。
クリスタ嬢にとって悪いことばかりでもないはず。
そして利用させてもらえるなら――クリスタ嬢の意見でマリアが言うことを聞くのであれば、これ以上ない操作盤となる。
利用して悪いが、脱出を優先する以上は、儂らも背に腹は代えられない。ここは協力してほしいと言ったところかのう。
「クリスタ様」
「クリスタ様」
「あのー……なんでか増えているのですけど……」
影響を受けやすいのか、ヒナとトトまでもが、クリスタ嬢を信仰している。
女神クリスタ、と言うよりは大人で女性のマリアの後ろをついていった結果なのだろうが。
……不安な中で古城に閉じ込められた状況じゃし、クリスタ嬢が女神でもなんでもなくとも、頼れるなら頼ってしまう心境であるなら縋っても仕方ない。
「あぁ、女神クリスタ様……生まれ変わりのクリスタ様ですよね……?」
「違います!!」
「そういうことにしておいてくださいませ――」
「やめてください! 本当に偶然の一致で、女神様じゃないんですから――!!」
女子たちが抵抗なく信仰するなら、男には分からない信憑性があるのだろうか。事実、信仰される当人となってしまったクリスタ嬢は例外としても、儂と青年は魅力を一切感じない。
儂らにも偉大な男性像はあるが、信仰するほどではない。これは男女の差だろう。
男は自分が前へ出ることが多いからのう。まあ、後衛の魔道士が言うなという話ではあるが。
「老師サマ」
「なんだね、フロイド」
「あれは放っておくとして……これからのことです。寝る場所は確認しましたけど、食糧はどうするんですか? 探索中に俺は見ませんでしたが、誰かが確認済みだったりします?」
――こんな状況で腹が減るのかと言われたら、もちろん減る。
意識しないようにしていたが、思い出すと一気に空腹がやってきた。
遅くとも日が落ちる頃にはさすがに空腹がやってきただろうが、儂らが人間である以上はいつまでも放置はできない問題だ。
空腹のまま過ごせても、三日か? 以降は体ではなく精神がまず壊れるはず。
なんとかしなければならない。
食糧について、儂は見ておらん。信仰中のマリアたちにも聞かなければ分からないが、仮に誰も発見できていなければ、現在の移動範囲の中では食糧がないことになる。
つまり外を飛んでいるワイバーンを狩るか、開かずの扉を開けて、探索範囲を広げるか……になるだろう。
新たな探索地に食糧があるのかもしれん。
「食糧は見ておらんな……外のワイバーンを狩るかね?」
「無理でしょうね。回復魔法以外は使えないんですよ? 近接戦闘もできる、と言っても魔道士の中では腕が立つというだけで、戦士見習いには太刀打ちできない腕しかありません。ワイバーンに、逆に狩られて終わりですよ」
「なら、扉を開けるための謎を解くしかない」
「まあ最悪は……」
しかし、そこで言葉を止めた。
フロイドは発言者が狙われることを危惧したのだろう。
言わんとしていることは分かる。なら、儂が代わりに提案しておこう。
「最悪、ワイバーン以外を狩るしかない。肉付きの良い者が望ましいな。だろう? フロイド」
「…………」
効率的な行動を主義としている彼からすれば、理に適った方法だろう。
ワイバーンを狩ることができなければ別の生物を狩る。ネズミか、鳥か。
それらが古城内にいればいいが、いなければ残った生物を狩って食うしかない。
今更、好き嫌いをしても餓死するだけだ。
追い込まれたらある程度のことはできる。それが人間じゃ。
ゆえに――――人間を食べることも、人間はできるはずである。
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