第3話 議論

 上半身から太ももまでを覆う白い服。

 儂と同じく衝撃に強いローブを纏っていた。生地が薄く見えるが、中に装備を着込んでいるようだ。足回りが動きやすいように、とは言え、目を覚ました少女は肌を見せ過ぎではないか?

 肩で揃えた金髪と、頭部にも茶色い装備がある。

 帽子……か? まるで横に垂れた兎の耳のようだ。


「わたしはウィニードールと言います。フクロウ老師様……ですよね?」

「本人じゃよ。サインは後で構わんかね?」

「はい、もちろん。あの、今はどういう状況なのでしょう……?」


 儂のジョークで少しは緊張が解けるか試してみたが、効果は薄かったようだ。

 それでも、まったくなかったわけでもないので、言ってみた価値はあった。


「魔道士だけが集められ、儂らはダンジョンに閉じ込められておるわけだ。儂らだけで脱出しなければならない……きっとな。まだなにも分かっておらんよ。お前さんは出遅れてはいない」


 それは彼女にとって嬉しいことなのか。

 謎解きの途中で参加をすれば、彼女は『儂らという船に乗るだけで脱出できるかもしれない』と考えるかもしれん。ただその場合、いざという時に切り捨てられてしまう可能性も高く……。苦楽を共にした仲間を贔屓するのは人間の性だ。


 そういう意味では、全員が揃うまで派手に動かなかったのは英断だった。

 彼女のようにまだ目を覚ましていない魔道士がいるかもしれない。可能性は完全に0だ、とは言えないが、全員で探索して見つからなかったのなら、全員で六人、と考えていいだろう。

 儂らの目がないところで急に転移してくる、となれば、今の儂らには打つ手がない。


「ちなみに聞くが、ウィニードール。目を覚ます前の記憶はあるか?」

「…………それは、その、」

「ないだろう? 遠慮せんでいい。お前さんの記憶力の問題ではなく、恐らくは仕様のはずだ」


 全員が、直前の記憶がない。

 そのことに意図があるかを探るのは無駄だな。こうして六人を集め、情報による差が出ないようにしただけだろう。

 これまで蓄えてきた知識の差は出てしまうが、それは人間力の差だ。ハンデにはならない。


「……すみません、ありません……」

「そうか。昨晩の夕飯はなにを食べた?」

「昨晩、ですか……? スープだったと思います……わたし、小食で……」


 ダンジョン攻略中だったなら、満足に食べられない場合もあるだろう。やはり昨晩の夕飯になにを食べたのか、くらいは覚えているか。儂が思い出せないのは歳のせい……。

 仕方ない、儂はもう老人だ。


 ウィニードールを連れ、儂、ヒナ、トトが大広間へ戻った。

 既に椅子には、探索を終えた青年と女性が座っていた。

 やけに早く感じるが、問題でもあったのだろうか。まさかとは思うが……。


「探索にはいったのかね?」

「いきましたけど。ただ、収穫はなしです。早い帰りだ、とでも思っているみたいですけど、上層階へはいけなかったんですよ。鍵がかかっていて……扉を壊そうとしても無理でしたね」

「私の方も彼と同じです。探索を担当したフロアが、そもそも鍵がかかっていて入ることができませんでした。まずは鍵を見つけないといけないようですね」


 なるほど。上へいくにはまだ早かったか。

 儂らが今いる場所は古城の中層階。上層階へはいけず、下層へは――――


「あっ、先生。下の階にはいけませんでした。階段が壊れていたんです」

「そういう報告は先にしなさい……。飛び降りることは?」

「大穴が空いていて……難しいと思います」


 それに、とヒナが続けた。


「下には外を飛んでいるワイバーンがいました。巣、なのかもしれないです……」

「ふうむ。時間経過でワイバーンが中層階まで上がってくる可能性も考えておくか……」


 不穏な予測に、少女たちが肩を揺らした。

 怯えさせるつもりはなかったが、想定はしておかないと、その時になって腰が抜けてしまうかもしれない。備えて損はないのがダンジョンだ。

 とは言ったが、備え過ぎて頭を使い切っても死亡率を上げるだけである。

 必要な情報をその時に取り出せないなら、抱えた情報も無駄になる。抱えたら捨てる情報も選択しなければならない。

 ダンジョン攻略は、情報の取捨選択も、命を左右する。


「ひとりが見つかったところで、全員が揃ったと判断してもいいだろう。おあつらえ向きに広間にはテーブルと椅子がある。こうして脱出を共にする仲間として集められたわけだ、自己紹介はするべきだろう」


 この中に、馴れ合いを拒絶する者は……いなかった。まあ、この場で自己紹介するだけのことを馴れ合いと言う者はおらんだろう。その指摘は三流のやることだ。

 全員が腰を下ろし――しかし場が動かないので、先陣を切り、まずは儂から自己紹介をした。魔道士であればみなが知っているとは思うが、儂だけしないというのもおかしな話だ。


 フクロウ老師――現時点で最強と(ありがたいことに)評価されている勇者パーティの後衛、魔道士を務めている。世間は儂のことを大魔道士と呼んでいるようだがな。

 しがない魔道士であって、大、がつくほど大層な魔道士であるとは思っていない。

 単純な時間経過で身についた技術の積み重ねが、そのまま実力になっているだけの話だ。

 儂がもしも二十歳だったなら、このメンバーと差はなかっただろう。

 未熟なまま無茶をしていた自覚がある。

 当時の儂は、今の子のように物分かりがいいわけではなかったからのう。


「儂からは以上だが……さて次は……」

『…………』

 挙手する者はいなかった。なら、こうしよう。


「時計回りでいこう。ヒナ」


「はい! ……ミドイン・ヒナです。勇者パーティでは、魔道士で……って、みんなそうなんですよね……。えっと、戦士の経験もありましたので、普通の魔道士よりは動けるつもりです!」

「あら、私たちのことを動けない魔道士、と言いたいのかしら?」


 そうだとして、魔道士の特性を考えれば貶したことにはならないが。

 ヒナは不快にさせてしまったことを感じ取り、慌てて誤解を解いた。


「そんなつもりは……っ。だって動かない魔道士の方が魔道士として働けるじゃないですか! 動けてしまうあたしの方が、魔道士としてはまだまだ未熟です……」


 動けてしまう、と言うほどに、動ける動けないは魔道士にとって問題にはなっていない。

 動かない美点があれば、動けるメリットもある。


「落ち込まないで。距離を詰めようと思っただけよ。失敗しちゃったみたいだけど」

「失敗じゃな。お前さんの言い方には棘があったぞ。あれを距離を詰めたかったから口を挟んだ、と言うなら、不器用過ぎる。儂を覗けば年長じゃろう。もっと態度を選べ」

「善処しますわ」


 ふたりともその気はなかったようだが、険悪にならなかったのなら安心だ。

 我を強く出さない魔道士なら、険悪になっても喧嘩になることはないだろう。

 しかし状況によっては……。そうなったら、そうなった時に対処すればいい。

 次だ。時計回りなのでヒナの左隣にいた褐色の少女の番になった。


「奴隷のトトです……魔道士です……よく動きます。回避型の……です。痛みには慣れていますので、みなさん、僕を囮に使うなり、発散するなり、ご自由にお使いください」


 少年のような少女は、当たり前のように自分を『使え』と言った。そういう風に仕込まれているのだろうが、言われてはいそうですかと頷ける者はこの場にはいなかった。

 魔道士の長所として、過激派は圧倒的に数が少ない。

 奴隷、という存在を初めて見た者もいたようで――ヒナとウィニードールが分かりやすく眉をひそめて、怒りを表情に滲ませていた。


「どういう意味ですか、それ……!」


 声を上げたのは儂の右隣にいたウィニードールだった。


「奴隷、だなんて……ッ。そんな存在が許されているなんて……!!」


「否。許されてはいませんわよ。奴隷は隠れて飼うのが当たり前です。自分から喧伝しない限りは、他人には見えませんからね。特に、潔癖な方の目にはまず留まらないでしょう。飼い主があなたのような厄介な存在を避けていますから。このような状況でなければ出会うことがなかったおふたりが、あなた方だったのでしょう」


「いいんですか!? 奴隷を、このまま……ッ!」


「放置をしても、ですか? いけませんよ。取り締まります。しかし、それでも尚、水面下で奴隷を作り出すのが奴隷商人で、彼女たちを買っていくもの好きの客がいるのです。そして奴隷とされている子供たちは、それがどういう意味かよく分かっておらずに奴隷となり、以前よりも人間らしい生活を送れています。叩かれて、殴られ、性的に使われても文句を言いません。もっと酷い環境にいた子供たちですからね」


 そうなのだ。トトも、奴隷となる前の生活と比べたら、今の方が幸せと言えるだろう。

 儂らからすれば、彼女の今が底辺だと思っていても、トトからすればもっと下がある。

 トトは、やっと這い上がって、人間らしい生活を送れているのだ。

 彼女からすれば手離したくない環境だろう。


 彼女から奴隷の立場を取り上げることは、確かに救うことになるのだろうが……。

 その瞬間、トトという少女は喜ぶだろうか。

 事前に彼女の中の常識を塗り替えておかなければ、助けたつもりのこっちが悪者になってしまう。

 それでもいいから助けたい、と思う者はいるだろう。

 それは少なくとも、右隣の魔道士ではなかったようだ。


「勇者様なら、きっと……ッ」


 だろうな。勇者ならきっと、事情など知ったことかと叫びながら、彼女本人の意思を無視して助け出すのだ。自分が許せないからという理由で。それが勇者だから。

 儂ら魔道士にはできない偉業を、勇者は当然のようにやってしまえる。

 そこが、差なのだ。

 話題に上がったトトは、結局、ふたりの言い分の真意が分からず、首を傾げたまま。


「……僕からは、以上です」

「次は君だ、青年。自己紹介をするのは、損かね?」


 事前に聞いていたが、損得を考え行動する、効率主義者らしい。

 これまでの行動から、その節が見えていたのもある。

 ヒナよりも暗く濃い赤髪を持つ青年だった。彼はメガネを外し、


「いえ、老師サマに名を売るのは損ではないですから」

「ふん。敬意が感じられん敬称じゃな」

「そんなことは。こうしてメガネを外していますし」

「帽子みたいなことはせんでいい。……まあよい。続けてくれ」


「はい。フロイドと言います。魔道士です。戦士でも剣士でもありませんし、経験もないですが、肉弾戦もいけます。付き合いで仲間と共に修行をしていましたので、前衛を任されても対応できると思います」

「思います、か……不安じゃな」

「少なくとも、このメンバー……戦士経験者のそこの女子を除けば、他よりは上手く動けますよ」


 確かに、他と比べればマシ、というレベルには動けそうだ。装備も魔道士にしては重たい装備を身に着けている。彼を魔道士と見るか戦士と見るかは人によるだろう。


「ああ、そういう機会があれば頼むとしよう」


 青年・フロイドは、最低限の自己紹介だけをして口を閉じた。メガネをかけ直し、質問を受け付ける体勢でもない。すれば答えてくれるだろうが……いや、この場にそぐわなければ答えないだろう。

 彼はそういう男だ。

 だけど必要ならば答えてくれる。分かりやすい。

 扱いやすい青年だった。


 さて――彼の隣、緑髪の美女が微笑んだ。

 頭まで覆った黒いローブ。髪も瞳も唇も……唇はやや緑色だが、まるで宝石のような輝きだ。

 間違いなく美女だが、ふと垣間見える人間離れした恐ろしさもある。

 彼女自身の美しさが罠に見えてしまうのは、損な美人じゃった。


「私はタスマニア・マリアと申します。もちろん魔道士です。後衛側――安全圏から回復のみを担当し、一切戦闘には参加しないスタイルで勇者様の援護をしていました。若い子とは違い、動き回ることはできませんので、悪しからず」

「お前さんのはオールドスタイルだが、最も魔道士らしく正確に、確実に役目を全うできるやり方だ。悪いと思わなくてよい。お前さんが正しいのだから、そのまま突き進んでほしいものだな」

「老師様からお墨付きですか? うふふ、これは自信に繋がりますねえ」

「そもそもお前さんだって、時代に流されてスタイルを変えるようなタイプでもないだろう?」


 勇者に言われたら軌道修正を入れるかもしれんが、周りの魔道士の動きを見て余計なことはしない堅実さを持っているように見える。

 迂闊なことをして頭を出せば狩られる、足をすくわれる、それを無意識に理解しているのだろう。

 儂からすれば彼女も充分に子供だが、十代が多い中ではやはり経験値の多さがよく分かる。


 そして――最後だ。

 ウィニードールが立ち上がった。


「わたし、は、ウィニードール・クリスタと申します! さきほどは、ひとりだけ寝坊してしまい、真に申し訳ございませんでした!」


 と、テーブルに頭が落ちそうなほど勢いよく頭を下げた。


「構わん。儂も遅れた身だ。約束していたわけでもないのだから、お前さんが謝ることでは、」



 その時だった。

 大きな音が響き、全員が腰を上げた。

 響いた音が、椅子が倒れた音だと儂らが理解した――音の発生源はマリアだった。


 さっきまでの、美女の余裕の表情が消えていた。

 彼女が動き、真横にいたウィニードールの手を取る。そして跪いた。


『――え?』



「クリスタ様……? あなたが――我らクリスタ教の、女神様……っっ」



 クリスタ教?


 それは、儂も聞いたことがない、新たな時代の信仰だった。

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