第2話 顔合わせ
崩れた壁から落ちた破片を踏みながら。
薄暗い廊下を抜けて、大広間へ出た。
窓の外は暗雲ではなく曇天のため、多少の光が部屋に差し込んでいる。
奥まった通路は照らせないが、大広間で互いの顔が見えるほどの光量はあったようだ。
十人以上が座れる細長いテーブルが中央にある。
が、これも例外ではなくボロボロで、議論を止めるように拳を叩けば、テーブルの足が耐えられずに折れてしまいそうなほどには頼りない。
表面には埃が積もっていた。指で拭う以前に見て分かるものだ。
周りの椅子は丈夫なようである。既に大広間にいた三人が腰を下ろしていた。
儂らが顔を出すと、彼、彼女たちの視線がこちらへ向いた。
若い女性。
ヒナよりも年下に見える少女。
そして十代後半の、メガネをかけた青年だ。
三人。そして儂とヒナ。男女比が偏るのは仕方ない。
元より魔道士には女性が多いのだから、こういうケースも当然のようにあり得る。
男性二名は、多い方だろう。五分の二は過半数と言っていい。
「遅れてすまない。まずは名乗ろう……儂はフクロウと言う」
「ええ、知っていますよ、フクロウ老師。偉大な大魔道士様ですから。……あなたでもこんな場所に取り込まれてしまうのですね。いえ、非難しているわけではないですが」
と、緑髪の美女が言った。
顔以外の露出を抑えた彼女は、丁寧に手袋まで付けている。彼女から分かる情報は限りなく少ない。足の長さから高身長ということが分かるが……。
彼女は後衛で待機する、動かない魔道士だろう。
安全圏から仲間の回復に専念するスタイルは真っ直ぐな魔道士と言える。
「高く買ってくれるのは嬉しいが、儂だってみなと同じ人間だ。油断していなくとも、敵の術中にハマることもある」
「老師様のパーティは現状、最強と評される勇者パーティですが。老師様以外の目があってもやはり回避はできなかったのでしょうか」
「寸前の記憶がないからなんとも言えんが……。最強、と言われているが、結果は出ていない。多くいる勇者パーティの中で頭ひとつ抜けているというだけで、儂らが地上を支配した魔王を倒したわけではない。傷を負わせたわけでもないからのう。……それに、儂も仲間も老いた……いつまでも最強ではいられんよ」
もう六十だ。勇者はもう少し若いが、それでも五十代半ば。
人生の半分は過ぎている。そんな彼に「魔王を倒せ」と使命をちらつかせて背中をつつく年齢でもないだろう。儂らは時間がかかり過ぎたのだ。
夢を追うのに年齢は関係ないと言うが、しかし、実際には体がもう持たない。
気持ちだけではどうしようもないことがあるのだ。
「ところで、城内の探索は済ませたのかね?」
「身の回りのところなら。隅々まではまだですね。全員が揃うまでは、と思ったのですけど……。やはり、この場所はお城なのですね」
儂らが合流したことで全員が揃った、とも言えるが、まだ言えない可能性もある。
どこかにまだ、儂らと同じくこの場へ取り込まれた魔道士がいるかもしれない。
「ひとまず、入れる部屋は全て調べてみようか。脱出の手がかりがあるかもしれん」
口数が少なかった残りふたり――少女と青年も頷いた。
やはり反対意見があったとしても言い出しにくい雰囲気か。
年長者の儂と大人の女性の会話に割って入ることはしなかった。入る隙間がないというよりは、この場で言うことはないだけかもしれなかったが。
このまま儂らの言いなりで動くだけ、というのも困る。
脱出するだけならそれでも構わないが……六十の老人からすると、それでいいとも言いづらい。
次世代のことを考えるなら、反論してくる生意気な方が儂としては嬉しいのだがな。
「――先生、全員で手分けますか? それとも組を作って……?」
「いや、ここまでくるのに危険はなかった。バラバラで手分けして探索でいいだろう。罠があったとして、対処できない初心者でもないはずだ」
女性も青年も、戦いには慣れているように見える。
不安があるとすれば特に小さな、褐色の少女だが……彼女だけは、ヒナと組ませた方がいいか。
「ヒナ、あの子とふたりで行動しなさい」
「はい、分かりました」
質問もなく、理由も聞かずに。……儂を信じ過ぎているな。
彼女は儂のことを知っているとは言え……もう少し警戒を……。まあいい。
今後、協力しなければ脱出などできないだろうし、いがみ合うよりはマシか。
ヒナが少女の手を引き、探索に乗り出した。
それぞれの探索場所を口頭で伝え(ちょうどよく館内見取り図があったのだ)――儂も動くことにしよう。
多くの部屋があったが、儂が見た限りではどの部屋も経年劣化しており、まともに使える状態ではなかった。本当に寝るだけなら気にならないが……。
ベッドがある部屋は自室だったのだろうか。城、使用人……もしくは客間か。
備え付けの棚の引き出しまで、隅々まで漁ってみたが、脱出に関係しそうなものは見つからなかった。人によっては宝物だが、大半からすればゴミである。
鍵が出てくれば重要だと分かるのだが……そう分かりやすいものを置くわけがないか。
隠し部屋がないか、壁をノックするように叩きながら歩き……。
一通り、部屋を探索し終えた後で、褐色の少女とばったりと出会った。
「あ、老師さま」
「ん、君は、」
「あっ、トトです。奴隷のトトと言います」
「奴隷……」
奴隷であり、魔道士か。
複雑な環境にいる子らしいが、同情するのは失礼だ。
上から見たら奴隷は酷い仕打ちだが、下から見れば奴隷は恵まれた環境とも言える。彼女にとって奴隷は、望んだ立ち位置なのかもしれない。
片目を黒髪で隠した褐色の彼女は、少年のようにも見えるが女の子だ。骨格を見れば分かる。そう、骨格が見て分かるほどに、彼女は軽装なのだ。
ヒナよりも、随分と……。防御のことを一切考えていないのは、回避に専念させるためか。仮に攻撃を受けても回復するからか? ――微力の自動回復魔法を体に張っているなら、装備の薄さも理解できる。だが、痛みに恐怖を感じていたらできない戦い方だ。
つまり、彼女は奴隷ゆえに、痛みに慣れているのだろう。
無垢な顔してエグイことをさせられておる。
正しい奴隷の使い方ではあるが。
「どうしたのかね。ヒナは一緒ではないのか?」
「老師さまが近くにいるかもしれないと思って探していました。――あの、いたんです。探索中に、見つけて……もうひとりです」
たどたどしいが言いたいことは伝わっている。やはり、もうひとりいたか。
ひとりだけともまだ限らないわけだが、少なくとも、取り込まれた魔道士が、まだいる。
奴隷少女(とはもう言うまい)のトトに案内され、とある部屋を訪れると――――
部屋の中、天蓋付きのボロベッドの上ですやすやと眠っていたのは、金色の少女だった。
薄暗いはずなのに、部屋が明るく見えるのは錯覚かのう?
――彼女はヒナに優しく起こされ、ゆっくりと目を開ける。
一応、大事に抱えていた杖を取り上げておいたが、魔道士は攻撃魔法を使うことができないため、奪う必要はなかったかもしれん。
それでも、こちらとしては杖のあるなしでは、心の安心感が違う。
相手にその気がなくとも、武器は取り上げておきたい。
そう、剣士から剣を奪うようなものだ。
「あの、大丈夫……ですか?」
ヒナの呼びかけに、金髪を揺らす少女が徐々に意識を覚醒させていく。
その少女は、上半身だけは装備を整えているが、下半身は心許なかった。
動きやすいように足回りだけは邪魔を失くしたのだろう。
後衛を担当しているが、彼女も動き回るスタイルなのだろうか。
ぱちぱち、と目を瞬かせた彼女が、
「……ここ、どこ?」
「ダンジョンだ。儂ら魔道士だけが取り込まれた……らしい。――情報交換をしよう。お前さんが覚えていることで構わん。もう既に、ダンジョン攻略は始まっているんだ」
「え。その……ゆ、勇者様は……?」
「おらんよ」
彼女は顔面を蒼白にした。
すると隣のヒナも、トトも。……恐らくは少しの期待をしていたのだろうが、儂が答えを言ってしまったがゆえに、次世代の少女たちの顔が絶望に染まった。
勇者がいないだけで。
まるで、行くべき道が途切れた、みたいな反応だ。
道を切り開き、開拓するのは、別に勇者の特権ではないのだが。
「勇者も剣士も戦士も魔法使いもおらん。この場にいるのは魔道士だけだ。回復魔導士だけで、ダンジョン攻略をしなければならない――ハッキリ言う、儂らしか、いないんだ」
儂は、繰り返す。
「このダンジョンは、魔道士だけで攻略しなければならんのだよ……分かったかね?」
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