第6話 鍵

 探索できる範囲を隅々まで探索した結果、食糧どころか扉が開くための鍵もなかった。


 見落としはあるだろう。

 意識、視点を変えれば見えてくるものなどごまんとある。

 鍵を『探す』、という方針自体が間違っている可能性もある。


「下層階へは、階段が壊れているだけで、いけないわけではない、か」

「そうっすね。だけどワイバーンの巣があります。俺か、戦士経験者の――」


「ヒナのことか」

「ハイ。あの女子なら、壊れた階段を飛び降りて下層階へ到達することはできそうですけど、着地した瞬間にワイバーンに食い殺されて終わりですね。……わざわざこっちからいかずとも、ワイバーンを、ここまで誘き寄せるとか……?」


「被害者が増えるだけの気もするが」

「全員でかかれば、ワイバーンの一頭くらい、倒せるんじゃないですか?」

「できると思うかね?」

「不可能ですね」


 つまり、それが答えだろう。

 しかし考え方は、大きく外れてはいないはずだ。


 上階へいくための扉は開かず、壊すこともできない。上層を狙うよりも道が開けている下層へ向かう方が簡単なはずだ。というよりは、下層にしか道がないのだから進むしかない。

 足を踏み外せば底が見えない深い穴へ真っ逆さまの下層。

 こちらを見上げるワイバーンは、儂らを襲うために向かってくることはなかった。

 試しに杖で地面を叩き、音を立てても反応することはなく――。

 儂らに飛び降りる意思がないと見るや、細くとも大きな体を翻して、古城の外へ飛び出した。


「まったく進展せんな」

「詰んでいるんでしょうかね」


 魔道士だけを集めた時点で不可能な脱出だったのかもしれん――ということか?

 しかし、それはないだろう。


 意図して集めたのならば狙いがあるはずで、偶然集めてしまったのなら救済措置があるべきだ。

 ダンジョンには意思がある。生物が環境の変化に適応していくように、ダンジョンにも変化がある。儂らが詰むことはないはず……。


 進展なしは、単純に儂らが間違えているだけの話だ。


「戻りましょうか」

「そうじゃな」


 ふたりで広間に戻ると、クリスタ嬢の悲鳴が聞こえた。



「――何事じゃ!」


 床に押し倒されているのはトト。

 彼女に覆い被さっているのは、ヒナじゃった。

 両手で口元を覆ったクリスタ嬢は、腰が抜けたようで、立てなくなっている。

 まとめ役のマリアは、椅子に座って落ち着いた様子だ。


「…………。なにがあった」

「老師さま、僕、間違えましたか……?」

「――間違えてるよ! いいからじっとしてて、あたしがすぐに治すから……!」


 トトの片腕が血塗れだった。

 怪我をしている……、が、罠にハマったわけでも、敵から攻撃を受けたわけでもない。つい反射的に仲間割れを想像してしまったが、トトの怪我をしていない方の片手には、どこで見つけたのか、ナイフが握られており――――


 ……自分の腕を、斬りつけたのか?

 ヒナが両手で包むように、トトの怪我を癒している。

 治癒が早いとは言えないが、魔道士見習いなら、傷をなかったことにするのではなく、治すだけでも充分だ。

 トトの怪我がみるみる内に治っていく。血は流れてしまったが、仕方ない。


「……ありがとうございます、ヒナさん」

「バカ! なんで自分の腕を、切り落とそうと――」

「切り落とす?」


 骨と皮しかなさそうな褐色の細腕。

 トトは自ら、自分の腕を切り落とすつもりだったようだ。


 ……儂は目を細め、彼女を見る。

 食糧不足の今、それに思い至った……のではなさそうじゃな。


 彼女の奴隷という性質上、その手段は奥の手ではなく第一、二案に位置していてもおかしくはなかった。加えて周りには魔道士しかおらん。誰かが絶対に治してくれるという信頼もあっただろう。

 ……彼女に、絶対に治してほしいという熱量があったかは疑問だが。


「トト、お前さんは……自分の腕を、食べてもらおうとしていたな?」

「え?」


 驚いたのはクリスタ嬢だった。

 彼女だけが、その可能性に思い至っていなかった。

 純潔のクリスタ様か……あながち、女神と彼女の名が一致したのは偶然でもなさそうじゃ。


「はい。食糧不足で困っているなら、奴隷の僕を食べてもらえば……解決しますから」



 食糧不足。


 六人の魔道士。


 閉鎖空間、開かずの扉。


 空腹と仲間割れ。食糧は――人間。



 ……なるほどのう。


 開かずの扉の鍵など、この場にないはずじゃよ。


 なぜなら鍵とは――――

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