第21話 昨日と今日
朝一番に顔を出したフロイドさんに聞いてみたけど、当然ながら食材を補充してはいないらしい。
遅れて起きてきたヒナさん、クリスタさんにも聞いてみたけど、同じ答えだった。
こんなことで嘘を言うわけがないから、食材が増えているのは僕たち側の仕業じゃない……なら。
ダンジョンの善意?
気になるのは、昨日使った分がそのまま増えていることだ。
元に戻った、とも言うけど。
「あの、クリスタさん」
「どうしました?」
「昨日と同じメニューでもいいですか? 確認したいことがあるんです」
「トト様がコックさんですから、構いませんよ。わたしたちは文句を言える立場ではありませんし」
文句がなくとも注文は多かったけど……気にしていないので口には出さなかった。
昨日と同じく、食材を節約しながら調理をして、朝食を作る。全員分を作って提供し、一足早く食べ終えたところで、僕は真っ先に屋上――不思議な大時計の元へ向かった。
昨日の夕方は雷雲に発達していたようだけど、朝になれば消えていた。曇天――だ。
そして辿り着いた巨大な時計。
針の動きは正常。注目するのは今が何日目なのか、なのだけど。
――三日目。
……いや、表示が変わっていないだけだから、僕の憶測が合っているとは言えなかった。
せめて今日一日を過ごしてから……答えを出すのはそれからだ。
「…………あ、ワイバーンの観察……」
ふと、もうひとつの判断基準があったことに気づく。もしも、昨日観察し続けたワイバーンたちの一日の動きと今日一日の動きが一致すれば……、憶測通りとなる。
そうなれば……。でも、だからどうしろって言うんだ、って話なんだけど。
疑問は残る。
けど、確信を得るのがまず先だった。
梯子を下りようとしたら、上がってくるフロイドさんとばったり出会った。
僕を追ってきたわけではなくて、フロイドさんも気になったのだと思う。
時計の変化は見ておかないといけないくらいには、彼は神経質だから……。
その後は屋上でフロイドさんとふたりきり。
時計を見たフロイドさんは、三日目の表示に、僕と同じ結論に至ったらしい。
「昨日が繰り返されてるのか?」
「まだ分からないですよ。だから、僕が今日、ワイバーンを観察します。昨日と同じ動きなら、時間が『巻き戻っている』証拠になるんじゃないかなって」
「同じ動きこそ、奴らのパターンなんじゃないのか? だとしても、まったく同じ動きとなると繰り返されてると言われた方が納得できるが……。朝に食材で騒いでいたのも、昨日に戻っているなら納得できる。食材が増えたわけでも補充されたわけでもない。――時間が戻ったから復活した、と言えるよな」
「です。使った分がそのままきっちりと補充されていたので、巻き戻ってる、と半分は信じてます。残りを、ワイバーンの観察で補完しようかなと思っていて。明日、時計の表示が三日目のままなら、時間は進んでいないってことになりますね。僕たちの意識だけは進んでるみたいですけど」
記憶も巻き戻っているなら、繰り返しに気づけるはずもないから、僕たちはこのまま精神年齢だけ老人になっていくのではないか? これは良いニュース……か……? そう言える?
「少なくとも、リミットは実質ないってことだし、良いニュースでいいんじゃないか? 嵐の前の静けさって感じもするけど」
このまま今日を繰り返せば、誰も死なずにこのお城で平和に暮らせる……。
でも、それは痛みから逃げているだけで幸せじゃない。きっとみんなは納得しないのだ。
「……あ」
「なんだ、なにか分かったか?」
「ワイバーン、を、観察して……今日一日が繰り返されているのなら、ワイバーンの動きは全部同じってことになるんじゃ……」
動きを把握しているなら、ワイバーンの巣……下層階を通り抜けることができるのでは?
探索する、となると難しいけど、下層階から出口まで抜けることくらいは――――
「無理だよ」
「どうしてですか!」
「不満ならやってみればいいが、アンタが下層階へ下りた場合のワイバーンの動きが前日と同じだと思わない方がいいぞ。前提が違うんだから動きも変わっていく。アンタが下りるなら、アンタが下りた時のワイバーンを観察する必要がある。もし俺が観察していたとしても、次の日に俺が下りたなら、アンタと俺が下りた場合の動きも観察しないといけない。こんなの終わりがないぞ」
「…………」
ぐうの音も出なかった。
平和に暮らしているワイバーンの動きは、きっと僕が下層階へ下りた時の動きと一致しない。
気を抜いているワイバーンなら……と思ったけど、足音、嗅覚で、僕の侵入などすぐに伝わってしまうだろう。無理難題だった。
結局、繰り返しという時間の檻からは逃れられないのだろう。
あらためて、同じように見える一日を終えて、結論が出た。
――ワイバーンの動きが前日と一致した。
だから――前日と同じく、今日は三日目、ということになる。
三日目が繰り返されている、のだった。
「明日も同じだと思うか?」
雷雲の下で、屋上で再び合流したフロイドさんが言った。
「たぶん……。どうして繰り返しが起こっているのか分からないですし、謎を解いたわけでなければ、また明日も、明後日も……たぶんずっと、繰り返しになるんじゃないかと思いますけど……」
時計は常に三日目を表示し続ける。
ワイバーンの動き、暗雲は雷雲へ――同じ一日が繰り返され続ける。
この時間から抜け出すには一体どうすればいいの?
「……そうか。今回はこれが密室ってことか。『時間』で、俺たちは囲われたんだ」
「…………」
先へ進めない。
外に出られない。
鍵は――仲間の、死体。
誰かが死ななければ、この時間の繰り返しからは、逃れられない……?
「現状が分かったなら、情報を共有するぞ。したくないとか言うなよ? 俺の方がしたくない。三対一、こんなの、俺が標的にされやすいんだ。悪いが俺は、アンタらを誰も信用していないんだ」
男女で偏った比率。
フロイドさんが狙われるのは必然な気もするけど、だからこそ逆に対策しやすいとも言える。
僕たちの方が、背中を刺される可能性が高くて――って、こんなことを考えたらふたりと一緒にいられなくなる。僕だって、疑われてる方だろう。
クリスタさんも。
僕のことを、疑うのかな……。
「伝えます。これは、四人で出すべき答えだと思います」
「仲良しこよしで、殺し合いは突破できないと思うけどね」
残酷な助言だった。
でも……それが本質だと思う。
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