第14話 イメージ力(B)
夜が明けました。恐らくは。
変わらず曇天なので朝だとは思うのですけど……。
食堂に集まりました。
屋外へ繋がる扉の戸締りをしてくれたマリア様が戻ってきたところで、全員が揃います。
大あくびをしているフロイド様はまだ寝ぼけているようですが、彼以外の女性陣はみな目が冴えているようでした。わたしとマリア様は完全に目が覚めてしまっているので逆に眠れません。
あんな状況、二度と遭遇したくありませんね……。
「クリスタから聞いたよ。ワイバーンが建物に入り込んだ、って……もう大丈夫なの? 実はどこかに隠れていたりしない?」
「たぶん、ということになってしまいますけど、いないと思います。隠れていたなら今までのタイミングで出てくるはずではないですか? わたしたちが気づかないのも無理がありますし……」
「そう? 侵入してくるほど頭が良いなら、身を潜め、隙を見て噛みつこう、とか考えないかな?」
匂いに釣られてやってくるほどの賢さなら、そこまで深読みしないでいい気もしますけど。
「死体、見たけど大きかったです。さらに小さい個体だったとしても僕たちからすれば大きいですから。身を潜めるにしても隠れられる場所とかなさそうですよ?」
トト様の言う通りでした。
狡猾で人並みに賢い個体がいたとしても、小型とは言え充分に大きな体です。隠れる場所がないでしょう。
隠れていたとしても、頭は隠せても長い尻尾は難しいでしょうね。
出た尻尾を掴むのは簡単そうです。
「屋内にはいないでしょうね。ただ、屋外と下の階にはうじゃうじゃいるみたいだけどねえ」
マリア様が言うには。
上の階、屋外へ通じる扉の鍵を閉めた時、外を飛んでいたワイバーンたちが降りてきたらしいのです。扉を開けようとする動きはなかったみたいですが……。
わたしたちが外へ出ればもちろん、餌と認識して噛みついてくるはず。
これでは進むことも戻ることもできません。
…………つまり、閉じ込められました?
「よく似てるな」
と、遅れて眠気から目が冴えたフロイド様が呟きました。
よく似てる……ですか??
「開かずの扉と、下層階にいるワイバーンを警戒して動けなかった昨日の俺たちに、さ」
「…………」
「今回は扉に鍵がかかっているわけじゃないだろう? 鍵はかかっているが、自分たちでかけたわけだし、開けようと思えば開けられる」
「ですけど、ワイバーンが……」
「攻撃魔法が使えたら話は進んでいたかもしれない。けれど俺たちは魔道士だ、回復魔法しか使えない。だからこそ勝手に作られた密室なんだ。膠着状態を抜け出すためには戦うしかない」
寝ぼけていても話はきちんと聞いていたようです。
フロイド様の言う通り、ではありますが……。
「戦うって……でも魔道士だけでは、」
「なあ、マリアさん」
――ワイバーンが侵入したなら、どう倒したのか、という話になるのは必然でした。死体もすぐそこにあるわけですし。
事実を隠すわけにもいかず、わたしではとても隠せません。
わたしだって信じられないのです。
……マリア様は、だって、
「アンタ、攻撃魔法も使えたんだな」
「いいえ、使えませんよ?」
いつもの微笑みはありませんでした。
やや緑色になっている閉じた唇は、無言を貫くつもりというわけではありませんが、詳細は話さない、と言った主張をしているようにも思えます。
わたしたちに言えないことのひとつやふたつ、あるでしょう(わたしたちにだってそれはありますから)。ですが、包み隠さず話してくださいとも言えませんが、この状況で隠し事をするのは、マリア様が危険です。
考えたくはありませんが、老師様のことを思い出せば、この密室が『ある行動』で開放されると思ってもおかしくありません。
フロイド様は、疑わしきは罰するべきだ、と言いかねない人ですから。
「じゃあ、話に聞いた、炎の魔法はどういうことなんだ?」
「…………分かれば話していますよ」
「あのっ、マリア様も混乱していると思うんです! フロイド様、ここは少し、配慮をしてもらって……」
「俺もそうしたいところだけどな。だが、こればかりは説明をしてほしいし、分からないなりに説明をつけておかないと信頼関係にひびが入る。俺たちは魔道士だ。回復魔法しか使えない。そんな中でたったひとりだけ、回復魔法を使える上に、『攻撃魔法まで使える』んだぞ? しかも昨日は、老師サマが死んでる……自殺、だが、あんなのは俺たちが殺したようなもんだ」
彼の言葉で最も傷を負ったのはヒナ様でした。
見えた彼女の手が、ぎゅっと、強く握り締められています。
「鍵が、人の命なら、アンタの攻撃魔法はワイバーン以上の脅威になると思うが?」
――マリア様は、口を閉ざしたままでした。
否定を、してほしかったです……。
わたしやトト様、ヒナ様の視線を受けながら、マリア様は蠱惑的な笑みしか見せてくれません。
…………本当に……?
黒いローブを被り、見える緑色の髪の、その奥。
前髪の奥にあるその瞳は、これまで見てきた瞳と同じなのに。
まるで、ワイバーンに睨まれたように、わたしは身がすくんでしまいます。
椅子に座っていたおかげで腰が抜けていないだけで、いつ、彼女から炎の攻撃魔法が飛んでくるか、戦々恐々としてしまいます。
密室。
外にはワイバーン。
目の前には――マリア様。
真意が分からない、黒い表情でした。
「ふふ……。そうね、脅威でしょうね。まあ、私が自由自在にこの魔法を使えたらの話ですが」
「……使えない、と?」
「ええ。少なくとも今、ここで使うことはできません。ワイバーンに襲われた上で、クリスタ様に応援されたら使えるかもしれませんが、確実ではありませんね。なので限定条件下で使える攻撃魔法と思っていてください。私も、詳しい仕組みは理解していませんので。……私も驚いていますよ。魔道士以外にも魔法使いの才能が自分にあったとは。もっと早く気づいていれば、助けられた多くの人がいたのになあ、なんて、考えてしまいますわね」
参りましたね、と困った顔を見せるマリア様。
…………ふぅぁぁあ。と、わたしは大きく息を吐きます。
緊張感が一気に抜けて、まるで椅子の上で溶けてしまいそうでした。
マリア様は敵ではありません。いえ、最初から分かっていましたよ?
「ねえ、魔道士くん」
「全員魔道士ですけどね」
「くん、と言ったのだから君しかいないでしょ。それで、どう? 誰に言われるでもなく、どうして私が攻撃魔法を使えるのか考えているのでしょう? 予測は立った?」
「…………クリスタに応援された時、と言ってましたよね?」
「ええそうね。クリスタ様が、私だったら『できる』と強く言ってくれたから……使えた、と考えるのは安直かしら。そんな気の持ちよう、みたいな根性論で魔法を使えたり……すると思う?」
「不可能ではないでしょう。魔法とは、『イメージ』ですから」
「それは結果をイメージすることで現実を捻じ曲げ、理想に近づけるという意味よね。できる、と強い自信を持っただけで、鮮明なイメージもなく魔法が使えるかしら。絶対にできる、という自信と、現実を捻じ曲げる結果のイメージの両立はできないと思うわ。どっちつかずは、なにも起こらないもの」
「不可能ではない、理論上は可能……。そうは言っても、難易度は高いって話ですよ」
人の枠をはみ出ないと使えない高度な技術、でしょうか。
まるで、地上を支配した魔王が使っていた多種多様な魔法みたいな……?
「あらそう。とにかく、簡単には使えない魔法ということよ。脅威には、なりにくいんじゃないかしら。同時に頼りにされても困るという話でもあるわね。都合よく扱えるようになってから私を頼るということは、背中を刺される脅威も復活するということよ。甘い蜜だけ吸うつもりなら、私も手が滑ってしまうかもしれないわねえ」
「…………武器を使うなら、刺されることを許容しろ、と?」
「脅威になるというだけで私を除外するつもりなら、いざという時に助けるわけがないでしょう?」
そういうことよ、とマリア様。
なるほど、とフロイド様が頷きました。
……これは、きっと儀式なのでしょう。
誰に向けたものかと言えば、トト様、ヒナ様――わたしも含め、でしょうね。
マリア様には疑いがあるけれども、全員の脅威ではないことを、ふたりの会話とその説得力でわたしたちが納得できるように状況を整理しているのです。
正直なところ、フロイド様が納得したなら、わたしたちはなんとも思いません。
そう言われてみれば、マリア様の魔法は脅威となりますね、と思いましたが、ワイバーンから助けてもらいましたから彼女を疑うことは本能的にしたくありませんでした。
わたしは信じます。
マリア様は、使える魔法が増えたからと言って、人格が変わるわけではないことを。
「…………アンタの魔法については色々と検証してみよう。その前に飯だな」
「あ。……でも、食材が……」
ワイバーンに漁られ、踏み潰されてしまい、無事な食材は少なかったです。
思い出した惨状に顔を青くするトト様ですが、彼女のせいでないことは、誰もが分かっています。
残っている、限られた食材で作れるもの――それが分かるのはこの場ではトト様だけなので任せるしかありませんでした。
できるだけ食材は節約で、美味しく栄養価が高いものを。と無茶ぶりをしてしまいましたが、あくまでも目標であって、それに近ければ文句はありません。
「ねえねえ、通路のあのワイバーンは食べられるの?」
「あんな堅くて焦げた肉、食えたもんじゃないだろ」
「あたしは気にしないけど。噛んだ時に弾力さえあればいいかな」
ヒナ様は、なんだか男勝り以上に、古い人みたいですね。
生肉を齧っていそうな逞しさがイメージできました。
想像して「ふひ」と笑みが漏れてしまうと、隣からじとー、という目がありました。
「クリスター?」
「はひ!?」
「なーんか、失礼なこと考えてないかなー? あたしのこと、獣を骨だけ残して食べちゃう原始的な人間みたいに思ってるんじゃないのー?」
「そこっ、までは、思ってなかったですけど!?」
「そこまでは、かー」
ヒナ様から伸びてきた指がわたしの頬をつまみます。ひはひでふ!?
「ひはいですよ!」
「なんて言ってるのー?」
「いたいです!!」
ぐにぐにとしばらく弄ばれた後、やっと離してくれたヒナ様の平らな胸をぽかぽかと叩いていると、トト様が調理を始めていました。
フロイド様は潰れて廃棄予定の食材を物色し、マリア様は黒い手袋をはめた手のひらを上へ向けて、イメージから魔法を発動させる仕草をしていました。
ここでわたしが応援をしたら……さっきのように炎が出るのでしょうか。
つい、いたずらごころで、ぼそっと呟いてみます。
耳元で息を吹きかけるように。
「……あなたならできます、マリア様」
――シュ、ボっっ、と、一瞬だけですが、炎が噴き出ました。
本当に一瞬だけで、一歩間違えたら食堂が爆破されていてもおかしくありませんでした。
その事実にゾッとしながら――。
ぎぎぎ、と動きづらそうに、マリア様の首が回ります。
笑顔でした。
それが一番怖いのですが……。
「クリスタ様? 嬉しいですけど、余計なことをしないでくださいね?」
「あ、はぃ……」
おとなしく座っていることにしました。
おかげ(?)なのか、空いているはずですが、今日はお腹が鳴りませんでした。
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