第13話 イメージ力(A)
クリスタ教徒は関係ないのでは……?
しかし、攻撃魔法が使えているのは事実でした。
体を強く振って、炎を体から剥ぎ取ろうとしているワイバーンは、まだ時間がかかりそうです。
マリア様が、腰が抜けてしまったわたしの腕を取って立ち上がらせ、食堂から通路へ出ます。
鍵はないので、閉じ込めることはできませんでした。
仮に閉じ込められたとしても、ワイバーンが炎で倒れてくれるとは思いませんでしたが。
「――こちらへ、クリスタ様」
「はい……!」
走りながら、マリア様が客間の扉を叩いて、寝ている他の方々に危険を伝えます。
起きたらいいな、程度の期待ですが。
そうしながら、マリア様が向かった先は中層階へ続く扉でした。
ワイバーンが上層階へやってきたのは、開かないはずの扉がわたしたちの手によって開いてしまったからこそ、通路が確保されてしまったためです。鍵がかかっていなければ、ワイバーンが扉を押せば開く仕様になっていますから、賢い個体なら難しくはないはずでしょう。
さらには昨日の、特徴的な強い匂いがありました。わたしもあの良い匂いに釣られましたから、鼻が利く生物にはもっと魅力的に感じたでしょう。
匂いに誘われ、開かないはずの扉が開いてしまえば、ワイバーンたちは上層階へ足を踏み入れる理由も、手段もあります。
入ってきて当然、とは言いませんけれど、入ってくるわけがない、とも言えません。
そして、一頭が入り出せば、二頭目、三頭目も同じように――放っておけば後続のワイバーンが上層階へ雪崩れ込んでくるでしょう。そうなればわたしたちも食材のようなものでした。
ここでせき止める必要があります。
見えてきた、内側に開いている扉の前には数頭のワイバーンがいました。
翼を広げていない四足歩行で、わたしたちの足音に気づき、首を伸ばしています。
さらには舌を伸ばし、細く、鋭くなった瞳がわたしたちに敵意を向けています。
……幸い、でしょうか。食堂にいたワイバーンと、目の前にいる数頭以外にはいなさそうです。
器用に客間の扉を開けられるとは思えないので、扉前のワイバーンたちを押し戻せば、残るは食堂にいるワイバーンだけでした。
状況は、まだ絶望的ではありません。
『ギャウゥ、ギィ、ッッ、ギャガッッ!!』
錆びた金属を擦ったようなワイバーンの威嚇。
呼応するように、マリア様が再び手のひらから炎の球体を生み出します。
魔道士には使えない攻撃魔法です。……これだけでもすごいことなのですが、今のマリア様の手のひらの炎は、指でつまめるほどには、とても小さいものでした。
明らかに足りていない火力です。
数頭どころか一頭も、扉の向こう側へ押し戻すことはできなさそうで……。
「マリア様!」
「先ほどは、できたはずなのですけど……なぜ……??」
その時、床が揺れました。
実際に揺れたのか、わたしたちの平衡感覚が麻痺したのか……。
炎を見たワイバーンが、危険を感じてマリア様を睨みつけています。身がすくむ威嚇ですが、わたしとマリア様はお互いに手を握り締めているので、なんとか持ちこたえています。
……ひとりだったら、さきほどのわたしみたいに腰が抜けてしまっていたでしょう。
お互いの体温が、ひとりではないことを確認し合っているのです。
ワイバーンの爪が床を抉りました。
力の溜めを作ったワイバーンが、次の瞬間、床を蹴って飛び出してきます。
通路を駆けるワイバーンが、マリア様の炎を噛み砕こうと、大口を開けました。
跳んで――――ワイバーンが迫ってきます!
「――できると言ってくださいッ! あなたに言われたら、私はっっ!!」
強く握りしめてくるマリア様の手。
そこから強い想いが伝わってきました。
女神クリスタの代わりであるわたしの言葉が、マリア様の力となるのなら。
わたしにできることがあるのなら、全力で支援します!
それがわたしたち魔道士の、本来の役目です――!!
「マリア様ならっ、できますっっ!!」
絶対に。
そして、わたしは勇者様にそうしたように、背中を強く、押しました。
――マリア様の手のひらにあった小さな炎の球体が、ぼわ、っと、膨れ上がりました。
通路を照らすオレンジ色の明かりを塗り潰す強い光。
さらには熱が、飛びかかってきていたワイバーンを襲いました。
大口の中へ飛び込んでいった球体が、ワイバーンを内側から燃やします。
内側から炎に包まれたワイバーンは、厚い外皮で熱を防げず、内臓を焼かれて、倒れました。
内側は弱い。
生物であれば、みな、そうなのでしょう。
一頭のワイバーンの末路を見た後ろのお仲間(?)たちが、一歩引いたのをわたしは見ました。
――マリア様が見せた炎。
今もまだ、手のひらから生まれた炎は、ワイバーンにとって脅威となるでしょう。
手のひらから飛び出した炎の球が、ワイバーンの目の前の床に落ち、小爆発を引き起こします。
一瞬ですが怯えたワイバーンたちが、仲間と顔を合わせて退路を確認しています――今です!
放った炎の球が先頭にいたワイバーンの額にぶつかります。爆発こそ小さなものでしたが、不意を打ったところで目と耳から衝撃を与えれば、一旦は回避するのが生物のルールでしょう。
引き返したワイバーンたちが扉の向こう側、中層階へ戻っていきました。
すかさず、わたしたちは開いたままだった扉を閉めます。
内鍵を閉めて、二度とワイバーンが入ってこれないように――――。
「こ、これで、もう大丈夫ですよね……?」
「屋外へ繋がる最上階への扉。確か閉めていなかったような気がしますわね……?」
……そう言えば。
いやどうでしょう……いえ、きっと閉めていませんね。ワイバーンが部屋に入ってくることなど想像もしていませんでした。その偏見は、いつ誰が……。あ、老師様でしたね。
情報交換の際に頂いた情報を鵜呑みにするのもよくはなさそうです。
「じゃあ、次は上の戸締りを……?」
「した方がいいと思うわねえ」
頷き合って振り向くと、ワイバーンがいました。
食堂で炎に包まれていたはずのワイバーンが、炎を消してここまでやってきたようです。
体色が黒くなっていました。
しかし、ダメージは最小限のようです。自慢のその堅い外皮で炎の侵入を拒んだのですか。やはり内側から燃やさないと、ワイバーンには通用しない……ということですか。
「……クリスタ様、少し試したいことがありまして」
「? ……はい」
マリア様がガラスの筒を胸の谷間から抜き出し、蓋のコルクを親指でぽんと抜いて、ポーションを口に含み、飲み干しました。
魔力の回復。
回復魔法もそうですが、さきほどから連発している炎の魔法も、やはり消費量が多いようです。
いざとなればわたしの分も……。
マリア様が手のひらを前へ。ワイバーンに向けます。
手のひらから炎は出ず、しかし白い光だけが溢れていました。
それは、回復魔法が発動している……? のではないですか?
すると、ワイバーンが苦しみ出しました。炎に包まれたわけでもないのに、倒れたワイバーンが左右にごろごろと体を転がし、捻って……。
まるで心臓が止まりかけ、苦しんでいる様子でした。
しばらくじたばたした後、ぴんと伸びていた尻尾が、力なく倒れたところで………………。
ワイバーンの瞳から色がなくなったことが確認できました。
待っていても、動きません。
……おそるおそる近づいたわたしとマリア様。
そっと、ワイバーンの心臓の位置へ、手を添えて確認します……間違いありません。
死んでいます。
マリア様が手をかざしただけで、ワイバーンが――――死亡しました。
「え、なにを、したんですか……?」
「…………」
「マリア様……?」
くす、と笑みをこぼしたマリア様が立ち上がりました。
倒れているワイバーンには目もくれず、向かった先は、
「屋外へ繋がる扉の戸締りをしてきますわ。クリスタ様はどうしますか?」
「一緒に、わたしも、」
その時、客間の扉が開いた音がして――やがてヒナ様が顔を出しました。
「ねえ、この焦げた匂いなに……――って、クリスタ!? ワイバーンも!? え、なにこれ!?」
「あ、ヒナ様……」
「なんでワイバーンがここまで入ってこれてるの!? ちょっとどういうことクリスタぁっ!?」
勢いよく距離を詰められました。わたしの肩を掴んで前後に揺らしてくるヒナ様に、「落ち着いて、歩きながら話しましょう」と言っても逆効果な気がします。
察してくれたマリア様が、先に戸締りをしにいってしまいました。
上でまた、ワイバーンと遭遇したら……と思いましたが、触れず、魔法も使わず(……?)ワイバーンを倒してしまったマリア様ならきっと大丈夫でしょう。
そう思って、ひとまずヒナ様に説明することを優先させました。
しかし、トト様、フロイド様も起こさないと説明が二度手間になってしまいますね。
みなさんを集めておくのはわたしの仕事のようです。
マリア様を見送った後で、わたしとヒナ様で、残りのおふたりを起こすことにしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます