第16話 先導する者たち
コンコン、とノックします。
名前も聞かずに扉を開ける迂闊な行動はしないところは見習うべきでした。
扉越しに彼の声が聞こえてきます。
「誰?」
「クリスタです。相談がありまして……」
「なら数分後に食堂で落ち合おう」
「いえ、フロイド様の、部屋で――」
「ダメだ。お互いに、個室はやめておいた方がいい。状況を考えなかったのか?」
フロイド様はわたしを疑っています。当然のことでした。
たとえ危惧した可能性が低いとしても、万が一のことを考えて対策をしておくべきです。なにもなければそれでいいわけですからね。
「……マリア様のことです」
できれば部屋の中で、と言う前に、扉が開きました。
ただし指が入り込めるほどの僅かな隙間でしたが。
「彼女には聞かれたくないこと?」
「はい……。こうしてフロイド様に会いにくることも、褒められたことではないでしょうね」
「…………分かった。入りなよ」
はい、と頷き、開いた扉の先へ。
……なんだかんだで、同世代の男の子の部屋に入るのは初めてです。
この部屋を彼の部屋、とするのは微妙なところですが……。内装はわたしの部屋と変わりません。アレンジもされていないプリセットのままでした。
男の子の部屋ですが、落ち着きます。
「ベッド、座りなよ。俺は立ってるから」
「いえ、大丈夫です」
「そう。なら立って話そう。座る座らない、配慮する遠慮しないの問答は無駄だからね」
当たり前ですが、フロイド様は飲み物を出してはくれませんでした。
確かに緊張で喉が渇いていますが、欲しいとおねだりをするわたしではありません。お客様をもてなすかどうかは家主によりますし。
部屋にコップも水もないことは知っています。
これから食堂へ向かって――をすれば意味がありません。
マリア様のことを相談したいのに、マリア様と会っては話しづらいこともあります。
「で? 単刀直入に言ってくれないか?」
「マリア様は攻撃魔法を使えます」
「それはアンタの応援があってこそ……ではないみたいだね」
わたしは頷きます。
「既にマリア様は使いこなしているように見えました……。もちろん調子の波があるとは思いますが。マリア様の存在は、わたしたちにとって大きな武器になると言えます」
フロイド様は無表情でした。
訝しむわけでなければ喜ぶわけでもなく。元々感情豊かというわけではないですが、それにしたって、一喜一憂の断片すらありません。その目で、なにを考えているのでしょうか……。
「炎だけではなく、氷や水、雷も、確認できました……。回復魔法と攻撃魔法の二種類を、マリア様は使いこなしていると言ってもいいと思います」
「そうか……」
「マリア様なら、ワイバーンを倒すことができるでしょうか?」
「一頭だけならできるかもしれない。五人で協力し、囮を使えば難しくはないだろうね。だけど、外を見れば分かるように、ワイバーンは群れだよ。一頭を対処している間に一頭、また一頭と増えていく。それを同時に捌けるか? 同時でなくとも連続すればいずれ魔力が尽きる。攻撃魔法の使用は、回復魔法と同じく魔力消費がネックなんだから、そうぽんぽんと打てるわけじゃないのさ。ポーションだって、かき集めたところで五本しかないんだから」
「マリア様が既に一本を使ってしまいました」
「じゃあ四本だ。減ったらより難しくなるだけだよ」
魔法使いがひとり増えたところでワイバーンに敵うわけもありませんでした。
それでも、脱出する時には、大きな戦力になってくれるでしょう。
しかし、素直にそれを喜んでくれるフロイド様ではありません。わたしが感じたことなど、当然として、フロイド様は危惧していますし、実際にフロイド様は指摘しています。
あの時はまだ、マリア様が攻撃魔法を使いこなしていないから問題にはならなかっただけですが。
「フロイド様……わたしは、怖くなりました……」
「へえ、意外だね。だけど……良かったよ。あの人が攻撃魔法を使いこなし、そのことに喜んで頼るようになったら終わりだと思っていたからね。他人へ向ける武器は自分に向けられることもある。五人いて、ひとりだけがその力を持てば、実質、言葉にしなくともパーティを支配しているようなものなのだから。信頼関係がある中なら別だけど、俺たちは寄せ集められただけの赤の他人。環境は殺し合いだ。彼女の力はワイバーンよりも優先して処理すべき脅威だ」
「それは……つまりマリア様を殺すのですか……?」
「するにしても準備は必要だろう。ワイバーンに匹敵する脅威に手ぶらで挑むわけにはいかないしな。……とは言え、準備と言っても――――ないわけではないが、ただ……」
フロイド様は悩ましい、と言いたげに、眉を寄せて考え込みます。
彼の頭の中のことなど、わたしには分かりませんでした。
「――打てる手は打つつもりだけど、こっちから仕掛けても仕留められないだろうね」
「…………殺さずに、」
「それも含め、打てる手だよ。誰も殺したくないのは、全員一致だろう。俺たちは魔道士で、たくさんの人を治してきたのだから。回復魔法は人を殺めるようにはできていないのさ」
相談を終えて部屋を出ます。
わたしは自室へ戻り、ベッドに倒れ込みました。眠れません。
寝て忘れたいのですけど、思考が邪魔して寝かせてくれませんでした。
マリア様とフロイド様。今のところ、おふたりがこのダンジョン攻略のことを積極的に考えてくれており、先導してくれています。
まるで勇者様や戦士様のように。
そして、老師様のように、です。
わたしとトト様、ヒナ様は、相談を受けるような立場ではありませんでした。誰も訪ねてこなかったのですからそれがいい証拠です。訪ねてきたマリア様だって、自分の意思はあったわけですし。
傀儡とまでは言いませんが、魔道士で慣れてしまったわたしたちは、誰かの背中を追いかけ、誰かの言葉を信じ、誰かが示してくれた道を進みます。先導するみなさんが、道を踏み外しかけたところを、後ろからそっと支えてあげる……それがわたしたちでした。
魔道士の役目でした。
気づけば目の前に人がいる環境です。その人がついてこいと引っ張ってくれている人生でした。
だから、初めてでした。
どちらについていくかを選べと言われている、なんて。
――力のマリア様か、知識のフロイド様か。
おふたりともが偏っているわけではないですが、特筆すべき点は力か知識か、でしょうね。
どちらも必要で、どちらが欠けても脱出はできないでしょう。だけど、誰かが欠けなければいけない……そう思います。そういうダンジョンであると言われたら、否定はできませんでした。
思考停止かもしれません。放棄しているのかもしれません。
ですが、ここから新しい方法を思いついて脱出ができるとは、とても思えなかったのです……。
「おふたりが、そう結論を出したのなら、方向性はこっち、で――――」
天井を見上げるように仰向けになります。
わたしは、大きな流れに乗ることしかできないのでした。
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