第17話 脱落者

 ぼうっと天井を見上げていたら、一筋の青い線(光?)が目の前を通り過ぎていきました。

 音もなかったので見間違いかと思いましたが、体を起こしてみれば、証拠がありました。

 壁に空いた小さな穴です。


 その穴から向こう側の部屋が覗けました。誰もいません。トト様は食堂にいるのでしょう。

 反対側の部屋と隣接している壁にも穴が空いていました。覗けば、目が合いました。


「ひっ!?」


 大きな瞳でした。

 すると、足音が遠ざかり、扉の前まで近づいてきて、すぐに部屋の扉が開きます。

 隣の部屋にいたマリア様が、わたしの部屋に訪ねてきたのです。


「驚かせてしまったみたいね。安心して、クリスタを狙ったものではないの」

「……今の、青い線はじゃあ、マリア様が……?」


 音はありませんでしたが威力は充分あったのでしょう。あらためて壁の穴を見れば、僅かですが湯気が上がっていました。

 指の腹で触れると、熱を持っています。あつっ。

 綺麗な穴なので指を切ることはなさそうですが、火傷をしてしまいました。

 指を咥えて、魔法よりも先に気持ち的な消毒をしながら。

 ……今のは、なんだったのでしょう?


「熱探知も使えるようになったのよね」

「熱……探知ですか?」


 壁の向こう側、人の熱を青と赤色で判別しているようです。離れた部屋にいる人の居場所、行動が分かるようになっているみたいで……。

 わたしが横になっていることも把握していたとのこと。

 でなければあの青い一筋が、わたしを襲っていたかもしれません。


「トトもヒナも部屋の外にいてくれたから助かったわ。これで、あなたさえ避ければ狙いをつけることができるもの」

「…………フロイド様、は……」

「ええ、まだ部屋にいたわ。クリスタが足止めしてくれたおかげで、出かける前に仕留めることができたわ……ありがとねえ、クリスタ」


 わたしと話し合いをしている最中におこなわなかったのは、わたしに当たってしまう可能性があったから、でした。

 マリア様の『今できること』をフロイド様に話してもいい、と伝えられた時は、隠し事をしないためのマリア様の良心なのかと思いましたが、部屋にいさせることが目的だったのです。


 部屋にさえいてくれれば、マリア様はフロイド様と対面することなく攻撃できます。

 ――自由度の高い攻撃魔法が、早速、牙を剥いたわけでした。


「あの、青い一筋は、」

「体に当たりさえすれば、体内で爆発し、結晶が体を内側から破壊するわ。心臓一突きよりも確実に、痛みもなく殺害できる。彼は理解する一瞬もなく逝ったのでしょうねえ」

「…………」


 悲鳴もありませんでしたね。

 だから本当に、違和感に気づくことなく心臓を破られたのでしょう。

 フロイド様は、これで……。


「確認にいくわよ。ついてくるかしら、クリスタ」

「…………いきます」


 マリア様の後を追って、フロイド様の部屋へ。

 わたしだったら、分かっていてもおそるおそる開けてしまいますが、マリア様はノックもなく大胆に扉を開けました。

 どんな罠があろうと振り払える力と自信があるからでしょう。

 彼女はもう、魔道士というよりは魔法使いです。


 ……フロイド様はベッドに仰向けで倒れていました。

 胸から青く透明な結晶――クリスタル、でしょうか――が、突き出ています。

 体の内側から飛び出ているので、確実に、心臓は破壊されているでしょう。

 さきほどの青い光の一筋がフロイド様の体内へ入り込んで魔法が発動し、結晶化した――聞いたことがない魔法ですが、わたしが知らないだけでしょう。

 さすがに魔法使いの攻撃魔法を全て知っているわけではないですから……マリア様の経験の多さが、この攻撃魔法を実現させました。


想像イメージ通りですね」

「…………」


「段々とコツを掴んできましたよ。魔力さえあれば、ワイバーンを対処することもできるかもしれません。元より問題視しているのはその数ですから、誘き出して一頭ずつ殺すことはできますからね」


 わたしはフロイド様に近づきます。

 胸から飛び出してきた結晶に触れ、間違いなく体内から飛び出たものだと確信しました。

 手の甲で叩いても壊れる様子がありません。とても硬いです。

 こんなものが体内から突き出てきたら……堪えられません。

 逆に痛くも痒くもないのかもしれませんが。


 ベッドシーツも、滴った血が赤い染みを作っていました。

 どうやら、血痕に気づいたのはわたしだけのようです。しかし出血したような傷跡はなく、吐血したにしても口周りは綺麗なままでした。……あれ?


 ――シーツは汚れているのに、フロイド様は綺麗です……?


「あれ?」

「どうかしましたか、クリスタ」

「あの、マリア様、この死体……」


 近づいたマリア様が、心臓に……は無理なので、首元に手を伸ばします。

 鼓動を確かめることができないのであれば脈を、指で確かめます――――その時でした。


 目を開けたフロイド様が握り締めていた鋭利なそれで、マリア様の首を切ります。


 力づくで抉ったような、雑なやり方でした。


 雑でも切れ味が鋭いので一瞬でした。


 ……マリア様は抵抗することなく、それこそ痛みも痒みも感じることなく崩れ落ちました。

 死体がふたつ、ではなく、結局、残されたのはひとつの死体です。

 フロイド様は死んではおらず、その代わりにマリア様が死亡しました。

 わたしは……片手で口元を覆い、絶句することしかできませんでした。



「無駄になるかもしれなかったけど、しないよりはマシだと思っていたんだけどね。まさか本当に、こうも人の油断を突いてくるとは……。俺と同じ考えだったから読みやすかったよ」


 効率を重視する彼は、最も殺害の可能性が高い一瞬を予測できたのでした。

 だからこそ、対策を打てました。


 残りの魔力を全て使い、自身の心臓にかけておく回復魔法。自動回復です。

 効果時間が長いわけではないですが、一度の死亡ダメージを回復するほどには強力な回復魔法です。魔道士本人の意識がなくなってから発動する魔法ですので、彼は博打に勝ったのでした。


 タイミングが少しずれていただけで無駄になる死亡回避の回復魔法。

 さすがに、他の魔法を使い過ぎていたマリア様は、事前に仕掛けてはいなかったようです。

 それに、抉られたのは心臓ではなく首でした。

 急所ですが、一度に二か所は守れません。

 そういう意味でも、フロイド様は賭けに勝ちました。


 もしも心臓ではなく首を攻撃されていたら、死んでいたのは彼の方ですから。


「クリスタ、あとでこの結晶を壊すの手伝ってくれないか?」

「え、は、はい。お手伝いします……」

「あとその死体。外に――は、俺がやるか。いや、あの元戦士に頼むか」


 フロイド様が握り締めていたのは、ワイバーンの牙です。

 いつの間にか一本、抜き取っていたようでした。

 食堂からナイフを拝借すれば怪しまれますが、ワイバーンの牙なら隠し持つことができます。

 マリア様の想像の先をいくフロイド様が勝利したのは、必然だった、のでしょうか……。


 念のため、マリア様の死体に触れ、心臓の鼓動を確かめます。死んでいました。

 死体になっても綺麗な人でした。


「軽蔑するか? クリスタ」

「いえ……そんなことは」

「本音を言ってくれていい。嫌いな奴から狙うわけじゃない」


 彼のご機嫌を損ねれば次に殺される、とわたしが怯えていると思ったのでしょうか。それも、ないわけではありませんが、これまで効率重視だった彼がここで私情を挟むとは思えませんでした。

 ここまで二名の犠牲者が必要でした。

 だからと言って三人目が必要とは誰も言っていないわけです。


「……先に殺されたのはフロイド様です。軽蔑なんて、しませんよ」

「そうか」


 冷たくはありませんが、そっけない返答でした。

 フロイド様は魔力が0に等しいです。温存しておきたいであろうポーションを使い、魔力を回復させます。全体の三分の一しか回復していませんが、ないものは仕方ありません。


「フロイド様、これを……」


 わたしは自分のポーションを彼に渡しました。

 彼は、はっきりと分かるように訝しんで、


「……俺に媚びても優遇するわけじゃないけど」

「いいえ。媚びたわけではありません。あなたに託した方がこのダンジョンを最も効率良く攻略できると思ったからです。わたしにとってはフロイド様こそが、このパーティの勇者様のようなものです」


 彼のためなら大事なポーションの一本、渡すことができる。

 躊躇いなんてありませんでした。


「毒は入っていませんよ。……証明することはできませんけど」

「入ってないだろう。そういうことができるアンタじゃない」


 わたしの手からポーションを抜き取るフロイド様。

 全面的に信用してくれたことには嬉しさがありました。


「やましいことがあればアンタは顔に出る。そういう意味では、一番信頼できる相手だ」

「か、顔に出ますか……?」

「喜び、不安は分かりやすい……それよりも、後ろめたいことをしている時が一番顔に出るよ」


 思わず頬に手をやります。じゃ、じゃあ、わたしがマリア様から指示を受けてフロイド様の部屋へ相談にいった時も、フロイド様はわたしたちの意図を分かっていたのでしょうか……?


「色々と顔に出てるなあ。まあそういうことだな。なにかあるだろう、とは分かった。だから賭けに出られたとも言う。アンタのおかげだ――とまでは言わないけどね。これはアンタを利用して俺を足止めしたその女の失敗だよ」


 必要なことだったとは言え、慎重に事を起こすためにわたしを送り込んだのが仇となったのです。

 間接的な死因となったのであれば、ずしん、とわたしも罪の意識が重くなります……。


「どうせこいつは全員を殺すつもりだったのだろうから、先に始末しておいて正解だったよ。どんな手段で力を得たのか知らないけど、このままこの場にいていい人間じゃなかった。そうだろう?」


 はい、それはやっぱり、間違いなく……そうでしょうね。

 全員がマリア様のように力を持っていたならまだしも。


 マリア様だけが攻撃魔法を持っているのは、場を支配してしまうでしょう。ただ、それはそれで持っていない側が結託する理由にはなるでしょうけど。


 だとしても、彼女の優位は揺るぎません。

 わたしは沈みゆく船の上、だったのでしょう。

 マリア様まで沈んでしまうのは、なんとなく、未来が見えなくとも分かってしまいました。

 支配だけでは、抜けられないダンジョンですから。


「食堂へいこうか、クリスタ」

「……はい」


 死体を残して。

 まさか動き出すなんてこと、ありませんよね?



 胸に大きな結晶を携えながら。

 左右に足をふらつかせていたフロイド様に手を貸します。


「お手を」

「……悪い」

「いえいえ」


 こうして人に奉仕をしている時が、やっぱりわたしは、居心地がいいです。


「なあ、クリスタ」

「なんでしょう? なんでも申し付けてくださいっ」

「先に言っておく。俺は先導しないから」


 フロイド様は宣言しました。


「老師サマ、タスマニア・マリア。そして次にパーティをまとめるのは、アンタだ」

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