エピローグ
一か月後、わたしは再びダンジョンに戻ってきました。
長い階段を下りると、自然と巨大な扉が開きます。
見えたのは靄が晴れた景色と冷たい風。橋の先には古城が見えました。
空を見れば、ワイバーンが飛んでいます。
そして今日は、ひとりではありません。
「う、寒くない? 前もそうだったの?」
「いえ、当時は……あまり気にならなかったですね。寒いとは感じなかったので気温は少し高かったのかもしれません」
「橋の下は深ーい穴ね。これ、落ちたらどうなるの?」
「試していませんがワイバーンの餌食になると思いますけど」
「地面があるのか分からないわね。別のダンジョンに繋がっていたりして」
かもしれませんけど、さすがに試すのは怖いですね。
ワイバーンを全て討伐すれば試せないこともないですが……、空を飛ぶ魔法で穴の底を調査しても、魔力切れで途中で飛べなくなれば最悪です。
それに、ワイバーンでなく、別のなにかが潜んでいる可能性だってありますし。
「あ、なんだか大きなワイバーンが近づいてきてない?」
と、勇者様が指を差しました。
曇天の下、黒く巨大なワイバーンが、勢いよく突っ込んできます。
「勇者様ッ!」
「クリスタは下がってな、アタシがやるよ」
「いいえここはわたしが」
イメージします。
巨大なワイバーンの翼に、重りのように水色のクリスタルを生やすように……。
そう、マリア様がフロイド様に仕掛けた魔法に似たイメージです。
そして、想像した通りに、現実が書き換わります。
翼にクリスタルを生やしたワイバーンが、バランスを崩して橋に落下しました。勢いそのまま、滑りながら勇者様の元へ減速しながら近づいてくるワイバーンは、まるで頭を垂れて勇者様に許しを請うようでした。
勇者様が剣を抜きます。
刀身まで黄金の剣が、ワイバーンの首を斬り落としました。
宙を舞う首が落ちてきます。
え、と予想していなかったわたしは咄嗟に頭を抱えて屈むと、
「こういうところは昔のままねえ、クリスタ」
巨大なワイバーンの頭部を片手で受け止めた魔法使いのお姉さん……ウィニードール様。
わたしの遠い親戚のようですけど、知らなければ赤の他人と同じです。今は仲間ですが、親族ほど距離が近いほどでもありませんでした。……だってバニーガールですし。
派手で真っ赤なバニーガールの衣装を、公衆の面前で身に纏う彼女と一緒にいると、わたしの方が恥ずかしいです。これで勇者パーティなんですよね……驚くでしょう?
「このワイバーンがボスなのかな? じゃあとは残党狩りってこと?」
勇者様は、長い黒髪を揺らした年下の女の子でした。
わたしのひとつ下です。
「うーわ、たくさんいるねえ……ボスがやられて怒ってるのかも」
「チカちゃん、あの数は大変だけど頑張ってね」
「バニーさんも手伝ってよ」
「いいけど、今じゃもうクリスタの方が強いと思うわよ? 回復魔法も使えて、さらには攻撃魔法も使える……クリスタは簡単に言うけどね、回復魔法と攻撃魔法を使える魔道士なんて五本の指もいないのよ。口で言うほど簡単じゃないの。特に回復魔法なんて……難し過ぎるわよ」
ウィニードール様は肩をすくめました。
……確かに、魔道士が攻撃魔法を習得するのは、難しいですが時間をかければ習得できます。が、魔法使いが回復魔法を習得しようとすれば知識も必要になってきますし、今から医学を学んで、となるとやる気の問題もあります。
魔法使いは戦士に近いですから、頭で考えるよりも動いていたいと思う人が多いですからね……忍耐力がないのです。
魔道士の方が、黙々と努力できる人が多いのでしょうね。
「アタシ、戦士になろうかな」
「あの、わたしの魔力も無限ではないですから……ウィニードール様には魔法使いでいてほしいんですけど……」
「ちゃんと意見を言えるようになったよねえ、クリスタ。昔は、はいはい頷いていただけなのに」
「そんな風に拗ねて言ってませんよ!」
でも、ウィニードール様の言う通り、昔は後ろで回復のタイミングを窺っていただけでした。
パーティ内の話し合いには耳だけ傾けて、出された提案に頷いて、気になったところをこそっと質問するくらいで。パーティの方針を変えることは言わなかったです。
生まれた疑問も、勇者様に小声で聞くくらいで……。
とにかくわたしはみんなの邪魔にならないようにしていました。
だけど今は……。
「クリスタ、右目、いい加減に治したらいいのに。支障出ないの?」
勇者様の指摘はもっともです。わたしの右目には眼帯がはめられています。魔法で簡単に治すことはできますけど、しませんでした。戒めです。
ひとりを殺し、四人を見殺しにした罪への、罰です。
目玉ひとつは軽いと思いますけど、勇者様の力になるための支障が出てはいけません。それでも罰は受けたかったのです。だから、右目だけは――あの日のままです。
この右目が最後に見たのは、きっと死にゆくフロイド様、なのかもしれませんね。
当時はまだ、完全に見えなくなったわけではなく、かろうじて見えてはいましたから……。
「これはこのままでお願いします。そうしないといけないんです」
「まあ、役目を果たしてくれるならいいけどさ……」
そうこうしている内に、小型のワイバーンが目の前までやってきました。
勇者様が剣を抜いて、軽く首を捻っています。
「勇者様、目的を確認してください」
「えぇ……意味あるの?」
「あります。楽しんで殺さないでください。わたしたちはなんのためにこのダンジョンにきて、なぜ先住していたワイバーンを殺すのか、きちんと理解して剣を振ってください。勇者様のためですよ」
「母親みたいなこと言うよね……はーい、分かってますよー」
――地上を奪われたわたしたち人間は、地下のダンジョンに住んでいます。
攻略したダンジョン内の危険(先住している魔物の討伐などです)を排除し、新しい居住区として利用するため、勇者様が出向いているのです。
ダンジョン内の魔物は敵です。ですが、だからと言ってなんとも思わず殺していいわけではありません。感謝と謝罪を込めて、剣を振ります。殺す側にも必要な意識があるのです。
「私たちの生活のために、ダンジョンを使わせてもらう……それにあたって、危険な魔物は討伐する――これでいい?」
「はい。その気持ちは絶対に忘れずに、ただの快楽のために殺すことだけはやめましょう」
剣を振るだけで敵を殺せる勇者様たちは、手早く得られる快感に歪んでしまう人が多い。彼女がそうならないように、わたしがきちんと見ておく必要があるのです。
出会った頃は笑顔が可愛いかった彼女も、今ではわたしのことを口うるさいお母さんを鬱陶しく思うような目で見てきますので……いけない兆候ですね。
わたしは昔とは違います。
心を鬼にして、彼女を矯正しないといけません!
「クリスタ、後ろ」
「え?」
気づけばわたしの背後にワイバーンがいて、わたしの頭に噛みつこうとしていました。
避けるタイミングを完全に失ってしまい、鋭い牙を見届けることしかできず、
「――もう、なにやってんの? まだまだ、前衛としては未熟ね、クリスタ?」
返り血を浴びた勇者様、そしてわたし。
元々真っ赤なバニーガール様は、空を飛ぶワイバーンを次々と落としていきます。……さすがは長く前衛をしていた人ですね。
つい最近、後衛から前衛へ移動したわたしは、まだまだ圧倒的に経験値が足りません。回復が疎かになっている分、できていたこともできていなくなっていますし……。
「ご、ごめんなさい……」
「世話が焼けるね。でも期待してる。だってさ、一緒に魔王に挑みたいじゃん?」
地上を支配する魔王へ挑む勇者様たち。
その隣にいられるのは、やっぱり勇者様だけだから……。
癖の強い勇者様たちを集めても、上手く回るわけではないのです。
勇者様の隣には、やっぱり慣れ親しんだ戦士や魔法使い、魔道士がいなくてはならないから――――
わたしでなくては、彼女を安心させてあげることはできないのです。
「クリスタの背中は任せて。私の背中は……うん、私が自分でやるからいいや」
「あ、はい……」
「私の背中は任せたから。これ、クリスタに言いたいんだからさ」
小型のワイバーンに囲まれた中で、勇者様が満面の笑みで言いました。
「もっともっと――――強くなってね、クリスタっ」
そして、勇者様は今日も剣を振るのでした。
終
回復魔道士デスゲーム 渡貫とゐち @josho
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