第10話 食堂(A)
開かずの扉が開きました――扉の先。上の階でした。
少々小奇麗になった通路を進んでいきます。温かみがあるオレンジ色の明かりが人工的(?)に作られており、隅々まで手入れが行き届いているように見えます。
少なくともさっきまでわたしたちがいた中層階のような、視界の端で小さな虫が壁を歩いているようなことはありませんでした。蜘蛛の巣もありません。同時に生物の気配もありませんでした。
ネズミのような小動物もいなさそうです。
小動物どころか虫もいたらまずい場所なのでしょう――通路の先にあったのは食堂でした。
というよりは調理場ですね。多くの食材が保管されています。
「……老師様が言った通りですね……」
「殺し合いを促すため、中層階には食糧を一切置かなかったみたいですねえ。極限まで空腹になれば人は殺し合いますから。それこそ人肉を求めて。もしかしたら、良きところで『食糧は開かずの扉の先にある』と情報が出されていたかもしれない……。そうなれば尚更、私たちは殺し合いますから」
老師様のおかげで、わたしたちは無傷でこの場まで辿り着くことができました。
……立役者を失った今、無傷とは言えませんが……。
「食材はあるが、毒味はどうする? 火を通せばいいという考え方は危険じゃないか?」
「ど、毒味役なら、僕がっ」
正直、生物を一切近づけさせない徹底した保管方法をしているため、食材は新鮮で、腐敗の問題はない気もします。
魔道士が五人も集まれば食中毒は怖くありませんが、毒にあたらないに越したことはありません。
「あなたはまた、そうやって自分を犠牲にして……」
「でも、一応の確認はした方がいいです。きっと大丈夫だとは思いますけどね。えへへ、それに、美味しそうなので、毒味役になってすぐに食べたかったのもあるんです」
トト様が恥ずかしそうに言いました。
お腹こそ鳴いていませんけど、彼女もお腹が空いているのでしょう。
気持ちは分かります。わたしも、毒とかどうでもいいのですぐに食べたいですし。
「ざっと見て、何日分あるか分かるか?」
「三日分はあるんじゃないかしら。一日二食、毎食を節約すれば……五日分は確保できるかもねえ」
仕方ないことだけど、お肉、お魚は少ないです。代わりに果物や野菜は多く準備されてありました。飢えをしのげればいい、というだけなら充分です。
毎食を満足に食べようとすれば物足りない感覚を味わうことにはなるでしょうが……贅沢を言える環境ではありませんでした。
わたしたちの目的はこのダンジョンを攻略し、脱出することです。
勇者様たち……仲間の元へ戻ることですからね。
扉の先がゴールではありません。
「……じゃあ、まずは……食べるの? 料理、誰かできる?」
杖を抱えたヒナ様が食材を見渡しながら。
聞いたヒナ様は料理に自信はなく、マリア様も肩をすくめました。
フロイド様は予想通りに「肉を焼くくらいならできるけど」と。ようするに男性が作る大胆な料理ならできるということですね。料理と言うか、シンプルな調理でしょうけど。
焼いて塩を振れば、男性は大抵のものは食べられてしまうものらしいです。
そして意外にも、トト様が、料理ができるらしいです。
意外、と言うのも失礼ですね……準備から調理まで、日々の習慣になっているとのことです。
「僕が作りますか? 監視してくれれば毒を盛っていない証拠にもなりますよ」
「監視なんて、そんなこと……」
毒を盛る、ですか。言われて気づきましたが、食材に毒がなくとも調理した人が毒を盛ることはできてしまうわけです。それに、調理によっては毒性が生まれる食材だって――。
だからこそトト様は監視をしてほしいと言ったのでしょう。彼女は自分自身が信用されにくい立場であることを自覚し、そのことに不満を持ってはいませんでした。
……奴隷だから、です。
大切にされることを知らない少女なのです。
「――じゃあ、全員で作りませんか?」
と、わたしは提案してみました。
驚くトト様と、立ち直ったように見えてもやっぱりまだ落ち込んでいるヒナ様の手を掴んで。
マリア様の微笑みと、フロイド様の「好きにしなよ」とでも言いたげな視線がありました。
わたしたちの食事なのですから、全員で作るのが、やはり揉めないやり方でしょう。
「教えてください、トト様。わたしたちはあなたの指示に従いますよ」
「え。そんな……僕なんかの意見は、」
「僕『なんか』、と言わないでください。トト様が頼りなんですからっ」
料理経験者のトト様の両手を握り締め、お願いする。
彼女は慣れないことで戸惑っていましたけど、弱々しくも「は、い……」と頷いてくれました。
同時に、わたしのお腹が再び鳴きました。
さっきよりも大きく、ぐぐぅ、と主張します。
トト様が、くす、と笑って――――うぅ、聞かれてしまいましたね……。
「すぐに作りますね、クリスタさん」
お肉、お野菜を使って、豪勢に見えるように。
しかしきちんと節約もされています。料理も凝っていないので調理はシンプルでした。
トト様の手際がよく、わたしたちが周りにいると逆に邪魔になってしまっていたようで……。トト様はそんなこと口には出しませんが、空気感で分かります。被害妄想かもしれませんが。
調理場はそう広くはありません。
なのでフロイド様、マリア様は部屋の隅っこにいてもらいました。マリア様は手持無沙汰になったようで、果物の皮を剥いています。
フロイド様は…………
「あっ、勝手に食べないでください!!」
「バナナの一本くらい……ダメだったのか?」
「もう少しで料理ができますから!」
まるでつまみ食いをする子供を叱っている気分です。事実、行為はそうとも言えますが。
フロイド様は一本のバナナを食べ終えていました。料理がお腹に入らなくなっても知りませんよ、と言いかけ、それならそれで、余ればわたしたちで分ければいいことに思い至ります。
ほのぼのとして忘れかけていましたけれど、わたしたちは今、ダンジョンの中にいるのです。
閉じ込められています。
出口も分からず古城の中にいて、外は獰猛なワイバーンに囲まれていて……。
潤沢な食材が底をつけば、気分的にはふりだしに戻ることになるでしょうね。
ダンジョン攻略を忘れるわけにはいきません。
――そして出来上がったのは、お野菜の上に乗せ、香辛料で味付けをしたお肉でした。
シンプルな調理ですが、用意されていた香辛料の見分け方はトト様にしかできず、味付けで決まる食材の美味しさはトト様にしか出せません。
空腹だったこともあり、一口齧っただけで全身が喜んでいます。なにこれうまぁ!? です!
広間に戻るのも手間でしたし、わざわざ『テーブルと椅子があって落ち着ける場所』をこれから探すのは面倒でしたので、調理場でお皿を片手に持って食べてしまいます。
ついつい忘れてしまいそうになりましたが、両手を合わせて食材に感謝してから――ちゃんと食べています。
こういう行動も神様はきちんと見ていますからね。
クリスタ様が、ではないですよ?
「クリスタ様」
「ふぁい?」
「頬張ったままで構いませんよ? 私がお話するだけですので」
口の中に詰め込んだお肉とお野菜をよく噛んで……いる内に、マリア様が今後の方針を話してくれました。簡単に言うと上層階の探索をしましょう、なのですけど。
「クリスタ様はゆっくりと休んでいてください。探索は私たちだけでおこないます」
わたしは慌てて飲み込んだ。
「んぐ――いえっ、わたしも協力します!」
「クリスタ様の手を煩わせるわけにはいきませんので」
マリア様はわたしの前で跪きながら。
……未だにわたしのことを女神クリスタだと思っているようです。
違うのに。
いえ、違うかどうかは関係ないのでしたね……。
マリア様の、心の安定のため、なのでしょう。
ヒナ様が(わたしも含め)老師様を頼っていたように、マリア様にとってはわたしが――ではなく、わたしの器を使った、いるかどうかも分からない女神クリスタ様が心の頼りなのです。
マリア様がそう信じて心が安定するなら、わたしは言われるがまま、女神クリスタになればいいのでしょうか……?
「……分かりました。マリア様――あなたにお任せします」
「はい。お任せください」
「ただし、わたしもついていきます。あなたのお望み通りに手出しはしませんが、共に行動をするくらいはいいでしょう? というより、わたしもこの目で見たいですから。部屋でひとりで待っている、なんてわたしには堪えられません」
「そういうことでしたら、私がお守りしますので、ご安心ください」
許可をいただき、ふう、と額の汗を拭いたくなる。慕って(?)くれているのは嬉しいけれど、行動を制限されるのはちょっと……と、思ってしまう。
危険な目に遭わせたくない、からきているのだろうけど。ダンジョンに取り込まれた時点でどこにいようと危険なのだから、差なんてないようなものでした。
ダンジョン内にいる時はひとりの方がかえって危険なのだし。
「……俺、待ってていい?」
「あなたはきなさい。男手は必要なのよ?」
老師様がいなくなったことで男女比が偏ってしまっていました。……フロイド様が居心地悪そうにしているのは、仕方ないことだけど、同情できてしまいますね。
なんとかしてあげたいですが、こればかりはなかなか……難しいでしょうね。
そう思うと、バナナの一本くらいなら許してあげるべきでした。
「フロイド様……」
「なんだい? クリスタサマ」
「お好きな果物、食べていいですよ」
「言われなくとも食べるけどね」
言われると食べようとしない人でした。あ、あまのじゃくー……。
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