第11話 食堂(B)

 その後、空腹を満たしてから、上層階の探索に乗り出しました。


 お腹が膨らんだことで強い眠気がやってきて、ついあくびが出そうになりましたが、ばれないように噛みころします。こんな状況で眠くなってしまうなんて、緊張感が足りませんね……。

 後ろをついていく『だけ』なのが悪いのでしょうか。

 ふと、視線を感じると、じと、と見られていました。隣を歩くトト様です。


「眠いならやっぱり休んでても……」

「大丈夫です! 一刻も早く脱出したい気持ちがありますから」

「……脱出、ですか」

「トト様は不満でしたか?」

「そうじゃなくて……老師さまのことがあったじゃないですか」


 老師様。……不安になって、先導するマリア様のすぐ後ろ、わたしたちの前を歩くヒナ様に聞こえてしまわないか気になりましたが、反応はなさそうでした。

 忘れることはできないでしょう。時間が解決するとしても、まだその充分な時間すら経っていません。遺体が残らなかったので処理することもなく、だからこそ余韻もありませんでした。

 あっという間に時間が過ぎた気もしますが、まだ一時間前のことです。

 仲間のひとりが、亡くなりました。

 そして、それこそが、脱出へ近づく要因となりました。なってしまったのでした。


「脱出するためには、もうひとり、犠牲者が必要なのかなって、思って……」

「そんなことありません。老師様の時が、例外だっただけですよ」


 脱出へ近づくために、今度は別のことが求められるはずです。だって、同じく犠牲者を必要とするなら、芸がありません。別のことが要求されるはずなのですから――。


「でも、クリスタさん」

「なんですかっ」


「ダンジョンが、僕たちを取り込んだだけなんですよ。観客がいて、見世物にしているわけではなくて。……だとすれば、芸がないことを責めても、ダンジョンからすれば痛くも痒くもないんじゃ……?」

「そんなこと、ないです。ないったらないんです!!」


 聞きたくなかった言葉でした。

 考えたくなかった意見でした。


 だって、もしもトト様の言う通りであれば、開かずの扉(に値するもの)が出てきた場合、その都度、仲間の命が必要となる理論が出来上がってしまいます。

 命が鍵になる。

 進めば進むほどに、わたしたちは仲間内で殺し合う必要になるのですから。


 その考えからは目を逸らしておくべきだったのです。

 じゃないと、他に答えがあるはずなのに、殺し合うしかないと思ってしまいます。

 不正解なのにそれしかないと思い込んで実行してしまうのは、控えめに言ってもおバカさんです。


「大丈夫です。老師様はいなくなってしまいましたけど、まだマリア様がいます。わたしたちよりも経験値が多い勇者パーティのひとりですから、なんとかしてくれるはずです」


 先導するマリア様は、歩みに迷いがありませんでした。

 目的地があるのでしょう。……どこへ向かっているのでしょうか。


「言っていませんでしたか? 最上階ですよ、クリスタ様」


 と、まるでわたしの不安を読んだかのようにマリア様が言いました。

 どうして分かったのでしょう? 意外と話し声は聞こえているものなのでしょうか。


「伝言ゲームみたいなものだろう」


 と、最後尾を歩いていたフロイド様。

 伝言ゲーム……つまり、わたしたちの会話を聞いていたヒナ様が、マリア様に伝えて……?

 あ。じゃあ、ヒナ様には聞こえていたということになります。

 老師様のことを、思い出させてしまいました……。


「――クリスタのせいじゃない。忘れることなんかないもん」

「ヒナ様……」

「忘れるもんか。あたしは先生の意志を継いでこの杖を受け取ったの。……あたしが、大魔道士に、なってやるんだ」


 完全に立ち直っているわけではありませんでした。ですが、塞ぎ込んでいるわけではなく、前向きに歩き出しているなら、心配はいらない様子です。

 わたしの配慮なんて、余計なお世話でしたね。


 ――上層階は中層階よりも狭くなっており、階段で上がれるところまで上がれば、すぐに行き止まりに辿り着きました。最上階? なのかは分かりませんが、行き止まりです。


 ただし、扉があります。屋外へ出られる、小さな部屋です。

 外へ繋がる扉は、鍵を外せば開くようで……開かずの扉は発見できず。

 探索場所は、これ以上は増えないのでしょうか?


 かんぬきを引き抜き、扉を開けて外へ出れば、見える梯子があります。これを上がると、さらに上へいけますが、飛んでいるワイバーンに狙われてしまうでしょう。

 ナワバリへ入った侵入者を警告する、ワイバーンの鳴き声が今も響いています。屋外に出るのは危険過ぎました。


 わたしたちは慌てて部屋の中へ戻ります。

 わたしたちと入れ違いで、ちょうどワイバーンが降りてきたところでした。

 ワイバーンが逃げたわたしたちを認識しましたが、追いかけてはきませんでした。


 異変が過ぎ去ったことを確認した後、ワイバーンは翼を羽ばたかせて空へ戻っていきます。

 曇天は変わらず、でした。


 開かずの扉はありませんでしたが、ワイバーンがいることで探索できない場所があるようです。

 つまり、これが今回の『開かずの扉』のようなものであり、鍵が必要ということでしょう。

 ……やっぱり、殺し合う必要はなさそうです。

 だって、誰かが犠牲になったところで問題が解決するわけではないですから。


「仮に誰かが囮になったところで、ワイバーンの数だけ必要になってくるからな……別の鍵があるんだろう」

「そうとしか考えられませんね!」

「そうとしか考えられない、と結論づけるのも早いが……」


 うるさいですよフロイド様。

 中層階の時と同じで、まだ圧倒的に情報が足りませんね。ここまで真っ直ぐきたため、スルーしてきたいくつかの部屋があります。あらためて探索し、先へ進むための鍵を探す必要があるのです。


 誰かが死ぬ必要があるわけではない。それが分かっただけで場の空気も変わります。

 少なくとも、疑心暗鬼が作り出す殺伐とした空気ではありませんでした。


「よかったですね、クリスタさん」

「はい、よかった、です……」


 よかったはずなのです。

 なのに、どうしてでしょう…………不安が残るのは。


 まるで忘れ物をしたような気持ち悪さが残っているのでした。

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